4.障害のある子どもの母親の心理変容過程
4-1.サポート
障害のある子どもの母親は,喪失体験や自責の念を具体的にどのように乗り越えているのだろうか。
片田・西村・藤井・末原(2016)は,ダウン症の告知から育児に前向きになるまでの母親の心理過程について研究している。3歳から就学前のダウン症児の母親9名を対象とし,告知時の状況や心理,育児への思いなどについてインタビューをそれぞれ2回行い,インタビューデータを修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチにて分析を行った。その結果,ダウン症の可能性を告知された直後,母親は【突然の告知に追いつかない理解と感情】【将来への希望の喪失感】を体験し,【孤立を進行させる心理】によって1人で苦悩していた。特に,告知時後の医療者の支援が不足した母親には,【医療者によって増幅される不安】が追加され,前向きな気持ちになるまでに時間を要していた。しかし,徐々に【ダウン症である事への実感】が芽生え,ソーシャルメディアや医療機関でダウン症児の母親と出会い,【前に踏み出す契機との出会い】を体験し,育児に前向きな気持ちになることができていた。このことから,ソーシャルメディアを通したダウン症児の母親同士によって,孤独感が軽減され,“普通に”生活できると思えることは母親にとって子どもの障害受容を促す。
大鐘(2011)は,障害のある子どもの早期療育に合わせてその子どもの母親に,子どもとの関係性や障害受容を促進するよう支援していくことの必要性を見出した。そこで,母子通園施設を利用した母親の気持ちから,支援の過程で変化する母親の心理状態を検討することを目的に調査を行った。調査方法としては,母子通園施設利用した52名の母親の手記から,入園時7項目,通園中5項目,卒園時5項目に母親の気持ちを分類評定した。次に,その結果について数量化Ⅲ類およびクラスター分析を行ったところ,【自責解放】,【育児困難感】,【関係発達的育児希求】,【育児効力感希求】の4つのカテゴリーが抽出された。支援の過程において,母親は子育てや障害に関して様々な葛藤を抱いていたが,第三者からのサポートを感じ,子どもへの共感性を促進させていった。また,母親の心理状態には,母親の養育観と障害認知に関する障害観が相互作用していることが推測された。このことを踏まえて,子どもと母親の双方の気持ちに共感し,母親がサポートを受けている気持ちを持てるように支援することが重要であると示された。
4-2.意味づけ
山根(2012)は,高機能広汎性発達障害児・者の母親が障害のある子どもを育てる経験を人生にいかに意味づけているのかを,子どもの障害の捉え方との関連から明らかにしている。高機能広汎性発達障害児・者の母親19名を対象に,インタビューを行い,障害のある子どもをもつことの意味づけや子どもの障害の捉え方についての語りを得た。あらかじめ 設定された枠組みではなく,データのものからカテゴリーを生成し,分析に用いるものであ る質的コード化によって,人生に対する子どもの障害の意味づけの類型化を行った。その結果,自らの人生に成長や変化をもたらしたものとして意味づける【自己の成長への意味づけ】,子どもへの感情によって意味づける【子どもへの感情】,自らの人生に対する位置づけの有り様を示す【障害の位置づけ】の3つに分類された。この視点から分類を行ったところ,【成長・肯定型】,【両価値型】,【消極的肯定型】,【自己親和型】,【見切り型】,【希薄型】の6つの類型とその特徴が示された。
【希薄型】を除いた5つの類型では,子どもの障害によって自己の変化や成長,あるいは通常では経験しがたいものがもたらされたとして,いずれも子どもの障害によって肯定的なものが得られていることが明らかにされた。
子どもの障害によって自己に何らかの変化や利益がもたされたと意味づけることは,障害のある子どもをもつ経験を自己の人生に受け入れる際の適応的な対処の方略であるとしている。
田上・阿部(2013)は,障害に対する周囲からの理解が困難であることは,母親自身ある程度認識しており,無理解によってストレスは感じるものの「あきらめ」に近い感情でやり過ごしている様相が推察されると報告している。鳥畑・中田・本庄・横部・森本(2007)は,子どもの状態について母親が自分で納得のいく答えを探している点に注目すれば,それも障害受容のひとつの形であると述べている。これらを踏まえると,障害のある子どもの母親の障害受容過程には,様々な価値の転換や受容の形が存在すると考えられる。しかし,何度も繰り返される喪失体験や自責の念を,障害のある子どもの母親は具体的にどのように乗り越えていくのかという視点で検討はなされていない。障害のある子どもの母親を支援するにあたり,この視点は重要であるといえる。
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