5.失恋体験


5−1. 思春期・青年期における失恋体験

 失恋という体験は,特に思春期・青年期において恋人を失うという意味で最も重要な対象喪失として捉えることができる(石本・今川,2001)。Havighustの設定した発達課題においては,青年期の課題に異性との深い関係を挙げており,失恋は青年期において非常にネガティブでストレスフルな体験ととらえることができる。よって本研究では青年期におけるストレスイベントとして失恋体験に焦点を当てる。  

5−2. 失恋体験後の心理的変化

 宮下・臼井・内藤(1991)は失恋体験に着目し,失恋後の心理的変化には「良い人生経験になった」などの肯定的な変化と,「もう人を好きになれない」などの否定的な変化,どちらの変化も見られることを報告している。失恋体験から肯定的な変化に至るにはどんなことが必要なのだろうか。恋愛関係の崩壊と崩壊後の成長感との関連について検討した中山・橋本・吉田(2017)は交際中にどのような関係であったかよりも,崩壊後の要因が大きく成長に関係していることを報告している。失恋ストレスコーピングや内省傾向が失恋後の心理的変化に与える影響を検討した平沢・松永(2014)は置き換えや気晴らしなどによるコーピングは他者との相互作用を促進し失恋からの立直りを早めると考察している。以上から本研究では,崩壊後の要因として他者との相互作用であるソーシャルサポートに着目する。      

5−3. 失恋体験とソーシャルサポート

 山下・坂田(2008)は現在のサポート形態が,誰から受ける情緒的または道具的サポートであるのかという観点から関係崩壊の立ち直りについて検討しており,多様な関係からサポートを受ける者が特定の関係からサポートを受ける者より立直り状態が良好であること,友人だけでなく家族から受ける情緒的サポート,母親から受ける道具的サポートが立ち直り状態に影響を与えていることなどを明らかにした。さらにソーシャルサポートは,サポートの互恵性が考えられ,サポートが互恵的であるほどネガティブな感情が低いことが示されている(浅野・飯沼・大木,2016)。本研究でもサポートの互恵性や関係性を考慮し,サポートする側を友人,家族に分類し調査を進めることとする。また,石本・今川(2003)は青年期における恋愛関係崩壊による心理的変化に影響する要因について検討しており,そのひとつにサポートを取り上げている。サポートが「視野が広がった」などの肯定的な変化と「自分に自信が無い」などの否定的な変化どちらにも繋がるという結果を受けてサポートの分類を行ったがその差はみられなかったことを報告している。ここで石本・今川(2003)はサポートがあったか否かではなく,「どのような」励ましであったのか,「どのように」一緒に過ごしたのか,というようにサポートをより細かく検討する必要性を指摘している。失恋体験に関しても,有るか無いかという観点や概念化することの限界が先行研究から示唆されている。例えば,コーピングと心理的離脱が首尾一貫感覚に及ぼす影響について検討した浅野・堀毛・大坊(2010)は心理的離脱には多様な状態が想定され単一の因子で測定できない可能性を指摘している。こうした指摘から失恋体験後のソーシャルサポートに関して,量的な研究の限界を考慮する必要がある。本研究では幅広いと考えられる過去の失恋体験後にみられた,具体的なサポートと意味づけを明らかにするため,インタビュー調査も併せて行うこととする。  

5−4. 失恋体験の分類

 山下・坂田(2008)は失恋体験自体の分類は行っていないが,失恋体験の内容についても検討する必要がある。失恋ストレスコーピングがストレス反応と回復期間に及ぼす影響について検討した塚脇(2014)は失恋体験を異性との親しい交際期間が続いた後,その関係が壊れてしまった経験(離愛群)と片思いの結果,失恋してしまった経験(片思い群)に分類している。回避型コーピングにおいて離愛群と片思い群で差がみられており,失恋のタイプによって効果的な対処行動が違うことを示唆している。また,恋愛関係の崩壊と崩壊後の成長感との関連について検討した中山・橋本・吉田(2017)は,失恋体験を交際関係があったかという観点に加えて,離愛群においては別れを切り出した拒絶者無し群と別れを切り出された拒絶者有り群に分類している。その結果,片思いよりも離愛で,また拒絶者が明確でない場合よりも相手に拒絶された場合に高い成長がみられることを報告している。以上の先行研究から失恋体験において,離愛と片思いでは,また拒絶者の有無によって成長感に至るまでの意味づけ過程においてもなんらかの差が出ることが考えられる。よって本研究では,失恋体験を離愛,片思い,また拒絶者の有無という観点も併せて検討することとする。 



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