【考察】
2.挑戦レベルと能力レベルの与える影響について
2-3.挑戦と能力が心理的well-beingに与える影響について
浅川(2003)の調査では,オートテリックな学生は挑戦レベルと能力レベルの差が少なく,バランスを保った活動経験を行いやすい傾向にあった。また,佐橋(2003)は出来る限り多くの経験場面をフロー化することがwell-beingの向上につながると述べている。そこで本研究では,挑戦水準と能力水準がそれぞれ高いほど,また挑戦と能力の水準の差が少ないほど心理的well-beingが高まると予想した。そこでそれらについて重回帰分析を行うと(Table45参照),挑戦と能力の差得点には関係が見られず,環境制御力に挑戦水準が負の影響,能力水準が正の影響を与えていることが示された。これより,挑戦水準と能力水準の差は心理的well-beingに関係しないことが明らかとなった。これは,人間がフロー以外の状態でも相対的に高いレベルの心地良さや幸福感を感じることが関係している(Csikszentmihalyi, 1997 ; Nakamura & Csikszentmihalyi, 2002)。つまり,挑戦レベルの低いリラックス状態やアパシー状態においても,そこに心理的・生理的アンバランスの回復過程が関わってくる場合,その活動は私たちに幸福や心地よさといった内発的報酬をもたらすため(Nakamura & Csikszentmihalyi, 2002),挑戦水準と能力水準の差が大きくても心理的well-beingは高まる可能性が示唆された。
そして,環境制御力においては,挑戦レベルが低く能力レベルが高い退屈・リラックス状態ほど環境制御力は高まることが示された。挑戦レベルが低く,能力レベルが高い状態のことを近年では,ポジティブに捉えられる傾向が強まってきたものの,依然,退屈状態というマイナスなイメージが強い。しかし,本調査の結果より,退屈・リラックス状態においては,むしろ精神的に健康な経験をしている可能性が高いことが示唆された。
以上より,挑戦水準と能力水準が高次で釣り合った状態のフロー経験はポジティブな経験であるといえる。そのため,浅川(2003)の指摘する通り,フローとは内発的に動機づけられた,自己の没入感覚をともなう「楽しい」経験であるといえる。しかし,フローパーソナリティと心理的well-beingや,挑戦・能力水準と心理的well-beingの関係性があるとは言えなかったことを踏まえると,日常生活において多くの経験場面をフロー化することがwell-beingの向上につながったり(佐橋,2003),フロー体験がポジティブな発達につながったり(奥上ら,2013)するとは言えないだろう。つまり,フロー経験は楽しく,幸福な経験であるが,フロー経験が必ずしも心理的well-beingの向上にはつながるとは限らないといえる。これより,フロー経験による日常生活の質の向上を測る場合は,その指標として心理的well-beingだけを用いるのではなく他の指標も入れて検討をすべきだといえる。
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