【問題と目的】

1.フローについての概要

 
 

 1-2.フロー経験の特徴  

 Csikszentmihalyi(1975)は,フローの最も明瞭な特徴として,“行為と意識の融合”であると述べている。フローは自分の行っている行為にのみ,意識が向けられている状態のことであり,行為と意識の融合が行われているときには,周囲に対して意識は向けられていない。そして,活動を行っている自分をメタ認知したり,活動に対する不安感を感じたりすることはないということである。そしてCsikszentmihalyi(1975)は,人がこのような状態に入るとき,自分の遂行能力の範囲内の活動でなければならないと述べている。なぜなら,自分の遂行能力の範囲を越える活動ならば,不安感やその他に対する注意力が必要となり,行為と意識が融合される可能性は低くなるからである。  

 そして,フロー経験の第二の特徴として“完全な注意集中”が挙げられる(Csikszentmihalyi, 1975)。第一の特徴である,“意識と行為の融合”もこの“完全な注意集中”から生ずるものである(Csikszentmihalyi,1975)。“完全な注意集中”とは,自分の行っている活動に対してのみ,注意を向けることであり,活動を行うために不必要な情報は全て意識の外へと追いやることである(Csikszentmihalyi,1975)。不安,恐怖,欲望,名声なども不必要な情報の一つである。スポーツも勝敗だけを動機づけに用いていては,フロー状態に入りづらい。しかし,試合となった瞬間に勝敗よりもスポーツをやること,楽しむことだけに注意を向けることで“完全”な注意集中“が実現し,フロー経験をしやすい。また,ロック・クライミングの選手も,自分の命を守るという不安感から自分の行っている活動に対して”完全な注意集中“をし,フロー経験をすることもある。このように,外発的な要因からフロー状態に入ることもあり,単なる内発的動機づけよりも,強力な誘因となりフロー状態を引き起こす(Csikszentmihalyi,1975)。しかし,このような状態は非常に不安定であり,フロー状態は長くは続かない(Csikszentmihalyi,1975)。  

 第三の特徴として挙げられるのは,“自我の喪失”である(Csikszentmihalyi,1975)。「無我夢中」という言葉がある通り,人が何かの活動に没頭している時には,自分自身に対してあまり意識を向けていない。フロー状態でない時は,自分がどのように動くか,調整しながら活動を行う必要がある。つまり,自分自身への内省的意識が必要となる。しかし,フローを出現させる活動には,活動と自己,他者と自己,というように行為を統合する働きをする自我の一次的な機能は必要でない(Csikszentmihalyi,1975)。つまり,現時点で自分が何をすべきなのか,またすべきでないのか,について自己の意識を必要しない。これについて,Csikszentmihalyi(1975)は,フローにおいて失われる自己の意識は,個人の身体や機能に対する意識ではなく,人が刺激と反応の間に介在させる,学習によって得た自我の構造に過ぎないと述べている。  

 フローの第四の特徴は,“コントロール感”である (Csikszentmihalyi,1975)。人がある活動でフローに入っている時は,自分の行っている活動を少しの心配もなく上手く対応できる感覚になる。Csikszentmihalyi(1975)は,活動や行為に対して,積極的な支配感を持っているわけではなく,ただ支配を失う可能性に悩まされることがなく,自分の技能は環境の求めるところと一致しているのだと結論づけている。Csikszentmihalyi(1990)は,コントロール感とは,統制しているという現実よりも,むしろ統制の可能性のことであり,フローの世界では完全性は少なくとも原理的には達成可能な状態であると述べている。そのため,Csikszentmihalyi(1990)の研究では,危険性の高いロック・クライミングの選手なども強いコントロール感を抱いていた。また,Csikszentmihalyi(1975)は,自分の能力で支配できない行為には不安感や危険を感じ行為に没入できないため,自分の行っている活動を少しの心配もなく上手く対応できる感覚,すなわち“コントロール感”があらゆるフローの特徴の中で最も重要なフローの要素だと述べている。  

 五つ目の特徴は,“明瞭で明確なフィードバック”である(Csikszentmihalyi,1975)。人はフロー状態にある時,自分の行っている活動に対し,何が間違っているのか,正しいのかが明確に分かり,目的と手段が矛盾していることはない(Csikszentmihalyi,1975)。また,Csikszentmihalyi(1990)は,ものごとを楽しむ条件として明瞭なフィードバックが必要だとし,自分たちが達成しようとしていることが現実にうまくいっているかどうかを知ることがフローへの没入にとって必要だと述べている。  

 そして,六つ目の特徴としては,“自己目的的性”があるということであり,換言すれば明らかにそれ自体のほかに目的や報酬を必要としていないということである(Csikszentmihalyi,1975)。また,Csikszentmihalyi(1990)は「自己目的的」(autoteleic)という言葉は,ギリシャ語の自己を意味するautoと目的を意味するtelosからきており,自己目的的な活動は将来での利益を期待しない,自己充足的な活動だと述べている。フローの定義でも述べた通り,フローという内発的報酬と密接に関係を持つ状態に入るには,活動を行うこと自体に価値を見出せる“自己目的的性”というものが非常に重要となってくる。  

 七つ目の特徴としては,”時間の変換“が挙げられる(Csikszentmihalyi,1990)。Csikszentmihalyi(1990)が行う調査の中で,最適経験について最も多く報告される感覚の一つに,時間が普通とは異なる速さで進むということがある。人が日常生活を送る上で,友人と話しているといつの間にか時間が経過していた,という経験や,何かに没頭していると時間を忘れていたということも多々ある。また,スポーツをしている時など,球速の速いボールが止まって見えるなどということもある。このように,人が何かに没頭し楽しさを感じている瞬間,つまり,フロー状態にいる時は”時間の変換“が起きている。また,Csikszentmihalyi(1990)は,時間の圧力からの自由は,完全な没入状態にある時の高揚感に貢献していると述べている。  

 フロー経験の特徴の最後は,“能力を必要とする挑戦的活動”である(Csikszentmihalyi,1990)。人がある活動をする際には,その活動を行えるだけの能力が必要である。また,Csikszentmihalyi(1990)の行った調査では,最適経験を体験した人が報告する内容として共通している点に,自分の能力レベルと活動の挑戦レベルが釣り合っていることが挙げられる。つまり,自己の能力水準と活動の挑戦水準が均衡状態にないとフロー状態には入りづらいこととなる。この二つの均衡が保たれた際に人は楽しさも感じる。  

 以上に示してきたフロー経験の特徴は,お互いに結び付きあい,依存し合っている(Csikszentmihalyi,1975)。Csikszentmihalyi(1975)は,フロー活動は刺激の領域を限定することによって,人々の行為を一点に集中させ,気持ちの分散を無視させることにより,フロー状態である内発的に報いのある過程を発見させることができると述べている。



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