4.海の景観による望ましい心理的影響


 日本人にとって海がきわめてなじみ深いものであり,観光地にもなっていることから,海の景観が望ましい心理的影響を与えてきたことも十分に推測される。この観点からの研究として,自然の景観によるリラックス効果について検討されている。たとえば綛谷ら(2007)は,海岸散策の生理的効果として,唾液中コルチゾール濃度が低下し,リラックスすることを明らかしており,景観が異なることにより生理的効果が異なる可能性を推察している。また,渡辺ら(2008)は,ストレス課題後に海岸の波の映像を提示する実験において,ある程度の海の映像への接触がリラックスをもたらすことを示している。このように海の景観を見ることで望ましい心理的影響が期待されると考えられる。

 ではなぜ,海を見るとリラックスするのであろうか。

 一つは,その非日常性が考えられる。海岸沿いに住んでいる人もいるけれど,多くは街中の住宅に住んでおり,多くの人にとって,海はそこに行かなければ見ることができない場所である。とくに観光地としての海は,余暇を利用してわざわざ行く場所であり,日常性はない。外国の海岸リゾートもそのような特質を持っており,レジャーとして行く場所であるので,そこに非日常性から来る開放感などが経験され,望ましい影響が大きいと考えられる。 また,空間的な広さ,視覚的な広さ,開放感が挙げられる。空間的な広さも非日常性の一つと言えるかも知れないが,景色の良さの要因としてパノラミックな広さを挙げることができる。広い砂浜などは,パノラミックな視覚的広さや遠景的な深さを持っており,それだけで伸びやかな開放感が生まれる。そういった視覚的要素から来る心理的な望ましい影響が考えられる。

 そして,もう一つとして,ここまでに述べてきたような日本人の原風景としての「懐かしさ」を感じることが挙げられよう。現代社会,および未来社会的な都会的街並み,商業エリアに見られる発展的で成長的な都市景観に,海のイメージはあまり含まれていない。昨今,自然を取り込むキャンペーンは多いけれど,自然のままに残された海の景観はむしろ維持する方向で考えられており(「はじめに」で触れたとおり),その場所を開発して現代的都市景観にしていく動きは少ないと言える。つまり昔からある「海の景色」は,そのまま残していく方向で考えられており,その理由として,過去の風景を今でも見ていたいという心理がそこにあるのでは,と考える。歴史的遺産や歴史的建造物,歴史的文化(有形無形の芸術的なもの)なども,過去のものを現代でも見てみたいという人の欲求から来るものであり,それを目にした人に望ましい心理的影響を与えている。この懐かしい感覚こそ,ノスタルジアと言われる感覚であり,「海」も「懐かしさ」を感じる要素を多く持っていると考えられるのである。



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