3. 古来の日本の海について


 「はじめに」で触れたように,日本古来の海の風景は,「万葉集」の中にも海に関する多くの歌が詠まれている。万葉集とは,7世紀前半から8世紀半ばまでの約130年間に詠まれた歌を集めた既存する日本最古の選集で,全20巻,約4540首の歌が収められている。古代人がさまざまな体験の中で感じた心をみずみずしいことばで表現されており(小川,2014),万葉集は日本人の心情を描いていると言える。坂本(2019)によると,万葉集の中の「海」の語は145例,海の関連語である「浦」の語は146例ある。たとえば,海の歌について,田口益人の「いほはらの 清見の崎の 三保の浦の ゆたけき見つつ 物思ひもなし」は,「その豊かな海原を見ていると旅の憂いも忘れ,もの思いなどなくなる。」という意味である。この歌のように,海の光景と心情が密接に関わっており,昔から,人は海を見ることで何かしらの感情が喚起されるのである。

 また,日本を代表する伝統的な海の景観である「白砂青松」に関する歌についても万葉集で詠われている。この言葉に関する万葉集の歌として藤原八束の「松蔭の 清き浜辺に 玉敷かば 君来まさむか 清き浜辺に」が詠まれており,「松の木が立つ清らかな浜辺にさらに玉砂利を敷き詰めたなら,大君はお越しいただけるのでしょうか,この清き浜辺に。」という意味である。万葉集の時代から「白砂青松」の景観は「風光明媚」な景観として親しまれていたのである。以上の万葉集の歌から,海がその景観をもとにして何かしらの望ましい心理的影響を与えてきたことは明らかである。

 さらに,暁や朝日といった風景に関する内容も万葉集で読まれている。朝日の歌について,田部忌寸櫟子の「朝日影 にほえる山に 照る月の 飽かざる君を 山越しに置きて」があり,「朝日がさして輝く山に照る月のように見飽きることのない君を山の向こうにおいてくることです。」という意味である。この歌のように万葉集の歌には,暁や朝日という言葉が度々使われており,考え事をしたり思いにふけったりする様子が歌から読み取れる。よって,暁や朝日の風景も日本人にとっての原風景であることが推測される。



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