3. 気そらし


3.1.気そらしについて


   気そらし(distraction)は気晴らしとも和訳され, “ストレス経験時に, 自分の不快な気分やその原因から注意をそらすために, 他のことをしたり考えたりすること”である(Stone & Neale, 1984). 気そらしは, 反応スタイルの一種である. 反応スタイル理論(Nohlen-Hoeksema, 1987)は, 抑うつ気分に対する反応の種類と気分の持続性の関連を表すものである. この反応の種類として, 現在は「考え込み反応」と「気そらし反応」の2種類があることが想定されている(Nolen-Hoeksema & Morrow, 1993 ; 坂本・丹野, 1998; 島津, 2010). 「気そらし反応」は, 抑うつの軽減要因として扱われてきた(Nolen-Hoeksema, 1987 ; Nolen-Hoeksema & Morrow, 1993). 島津(2010)は, 「考え込み反応」について, 嫌なことを考え込み反すうする内容の「否定的考え込み反応」と, 現状を良くするために問題解決的に考え込む内容の「問題解決的考え込み反応」の2種類が存在することを想定した. また, 「気そらし反応」については, 一時的な気分転換を意図して行う「気分転換的気そらし反応」と, 問題への直面を回避し問題から逃避することを意図して行う「回避的気そらし反応」が存在することを想定した. そして, 新たな反応スタイル尺度を作成し, 抑うつの持続につながる考え込み反応である「否定的考え込み反応」, 抑うつの持続につながる気そらし反応である「回避的気そらし反応」, 抑うつの軽減につながる考え込み反応である「問題解決的考え込み反応」, 抑うつの軽減につながる気そらし反応である「気分転換的気そらし反応」の4つの下位尺度に分類した.
   ストレスフルな体験の直後に, 体験について無理に意味を見出そうとすると, かえってストレスが増幅するため (Folkman, 2008; Nightingale, Sher, & Hansen, 2010), 衝撃の強い出来事に直面したときは, 一時的に距離を置き, 体験と向き合う準備をすることが必要な場合もある(Joseph,2011(北川訳, 2013); Parkes & Weiss,1983(池辺訳, 1987)). また, 先述の通り後悔は抑うつとの関連が指摘されている(塩崎・中里,2010). 抑うつの軽減に繋がる「気分転換的気そらし」を, 抑うつと関連性のある後悔を感じた直後に行うことによって, 抑うつや後悔の大きさを低減させる事が出来るだろう. また, 抑うつや後悔の大きさを低減させることによって, 無理なく後悔と向き合い, 後悔した出来事について熟考を行い意味づけを行うことが出来るようになるだろう. よって, 本研究においては, 最も後悔した出来事という衝撃の大きな出来事を経験した直後の「気そらし反応」を測定することによって, 「気分転換的気そらし反応」によって一時的に気分転換を行い, 出来事に対する抑うつ感情を低減させ, 経験直後に経験について無理に意味を見出そうとはしないことが, 後に後悔に対して冷静に向き合ったり, 後悔を低減させたり, 外傷後成長を遂げることに有効であるかどうかを明らかにしたい.

3.2.これまでの気そらしに関する研究


   Nolen-Hoeksema & Morrow(1991)が作成した反応スタイル尺度は本来, 「考え込み反応」, 「気そらし反応」, 「問題解決型反応」, 「危険行動型反応」の4つの下位尺度で構成されていた. しかし, 「問題解決型反応」と「危険行動型反応」は信頼性が低いため, 反応スタイル理論に関する研究の多くが用いている反応スタイル尺度では, 考え込み反応(rumination)と気そらし反応(distraction)の2因子が利用されている(Nolen-Hoeksema & Morrow, 1993 ; 坂本・丹野, 1998). その際, 考え込み反応は抑うつの持続要因として扱われ, 気そらし反応は抑うつの軽減要因として扱われた. しかし, Treynor, Gonzalez, & Nolen-Hoeksema(2003)によると, 考え込み反応には, 個人が置かれている現状と, 達成できない基準とを消極的・あるいは受動的に比較することで抑うつを持続・増強させる「brooding因子」と自己の内側へ目を向け, 認知的な問題解決に従事することで抑うつ症状を軽減させる「reflection因子」の2因子が存在する.また, 気そらし反応については, 問題に直面することを避け, 問題解決のコーピングをしなくなる場合には, 気そらし反応が有害に働くことが指摘されている(Wells & Matthews, 1994).そこで, 島津(2010)は, 考え込み反応と気そらし反応にそれぞれ2因子ずつ仮定し, 新たな反応スタイル尺度を作成した. そして, 3.1.に記述したように, 考え込み反応は, 抑うつの持続要因である「否定的考え込み反応」, 抑うつの軽減要因である「問題解決的考え込み反応」の2因子に分けられた. また, 気そらし反応は, 抑うつの持続要因である「回避的気そらし反応」と, 抑うつの軽減要因である「気分転換的気そらし」に分けられた.

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