4.欺瞞行為について


 「欺瞞行為」については心理学分野においても検討されている.大塚(2017)は「他者を誤った方向に導く行為」が欺瞞であるとしており,Lindskold & Walters(1983)は言い間違いは欺瞞行為に含まないとしていることから,欺瞞行為は「言い間違いなどではなく,意図的に,他者を誤った方向に導く行為」であるといえる.このことから,先行研究において使用されている,欺瞞行為と類似した「嘘(ウソ)」や「虚言」,「騙し(だまし)」といった単語については,本研究では便宜上,定義に基づくものはすべて「欺瞞行為」に統一して論を進めるものとする.

 そのような欺瞞行為は,日常場面において,全体として否定的な評価がなされており(水谷・柴,2005),吉川(2010)では「うそをつかない」といったような「ルールを順守する友人」の方が,「ルールを順守しない友人」よりも好感度が高いことを明らかにしており,欺瞞行為は道徳や社会規範に違反する行為であると考えられている(菊池ら,2018)ことが分かる.また,水谷・柴は,欺瞞行為には,話し手自身をよく見せるといった見栄に関わる「見栄因子」,相手に対して危害や損害を加えることに関わる「危害因子」,相手との軋轢を生まないよう活動を弊害なく促進させることに関わる「潤滑因子」,利他的な追求や奉仕・慰め・謙遜に関わる「謙遜因子」に基づいて,4つに分類できることを明らかにしている.そして,欺瞞行為の種類によって評価が異なることに関して,水谷らは欺瞞行為をする側と受ける側,どちらに利害が生じるかによって説明できることを示唆している.つまり,「潤滑」以外の種類の欺瞞行為について,欺瞞行為を行うことで損害が生じるものは「危害」に含まれ,欺瞞行為をした側に利益が生じるものは「見栄」に,欺瞞行為を受けた側に利益が生じるものは「謙遜」に含まれるとしている.

 さらに水谷・柴は,それらの欺瞞行為について,評価のされ方に違いがあることも明らかにしている.それによると,「危害」に含まれる欺瞞行為は,他の欺瞞行為よりも悪質であると評価され,「謙遜」は他の欺瞞行為より,比較的悪質ではないと評価されている.このことについて水谷・柴は,欺瞞行為の許容について研究を行ったLindskold & Walters(1983)の結果と一致すると主張している.つまり,Lindskold & Waltersで明らかとなった,最も許容度が高い軽い傷や恥から他者を守る欺瞞行為は,相手にとって利益が生じるため「謙遜」にあたるとしており,最も許容度の低い自己の利益を生むために他者に対して直接的な害を与える欺瞞行為は,相手に損害を加えるため「危害」にあたるとしている.また,井上ら(2018)においても,真実を述べた場合,利己的な欺瞞行為をする場合,利他的な欺瞞行為をする場合では,利己的な欺瞞行為をする場合が最も信頼性の評価が低くなることを明らかにしており,利他的な欺瞞行為をする場合と真実を述べた場合で有意差はないものの,欺瞞行為を行うことは他者から信頼を得るには不適当であると示唆している.

 ところで,欺瞞行為のような,道徳や社会規範に違反する行為を行った相手には,「許容するかどうか」以外にも様々な反応がある.田村(2009)は,許容できない相手に対して,罰が当たればいいと強く思う「報復」を行うことあるとしており,常に「報復」が用いられ続けると本人や対人関係,社会に対して否定的な結果をもたらすことを指摘している.また,報復は欺瞞行為と同様の研究結果が見受けられ,道徳や社会規範からは違反した行為であるとの捉え方をされており(田村,2009),利己的な報復よりも利他的な報復の方が許容されやすい(越中,2005)ことも示されている.

 以上のことから,日常場面における「欺瞞行為」や「報復行動」は,道徳や社会規範から違反した行為であることから否定的な評価がなされている.その中でも,利他的な動機に基づく行為は比較的許容されやすい傾向にあり,利己的な動機に基づく行為は許容されにくい傾向にある.



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