【問題と目的】
3.時間的態度
3-1.時間的態度について
我々は,流れる時間の中で日々生活し,時には過去を思い浮かべたり,未来に希望を抱いたりする。白井(1994a)は,時間的態度とは,時間的展望の中に含まれる概念の1つであり,「過去・現在・未来に対する感情的評価のこと。あるいは,将来または過去の事象に対する肯定的あるいは否定的評価の総体」であると述べている。
時間的展望とは,Lewin(1951)によって「ある与えられた時に存在する個人の心理学的未来及び心理学的過去の見解の総体」と定義されているものである。これを広義の時間的展望とし,広義の時間的展望は過去・現在・未来についての広がり,密度,構造化,現実性,優勢性の「狭義の時間的展望」,感情的評価である「時間的態度」,過去・現在・未来の重要性による関心の方向性である「時間的指向性」,時間の流れる速さや方向性などの「狭義の時間知覚」に分けられると白井(1994a)はまとめている。
時間的展望を測定する尺度には様々なものがある。例えば,時間的展望の個人差を測定する下島・佐藤・越智(2012)の日本版Zimbardo Time Perspective Inventory(ZTPI),未来に対する時間的広がりを測定する池内・長田(2013)の「未来展望尺度」,過去の捉え方を測定する石川(2013)の「過去のとらえ方尺度」,過去・現在・未来に対する態度を測定する白井(1994b)の「時間的展望体験尺度」などがある。研究の目的によって,尺度を検討する必要があるだろう。
3-2.時間的態度に関する先行研究
Lewin(1951)は青年期とは時間的展望が拡大する時期であると述べており,Erikson(1959)も「自我同一性 対 同一性拡散」とともに,「時間的展望 対 時間的拡散」を青年期の心理社会的危機として挙げている。これらより,時間的展望は青年期において重要であるとし,この2つを引用した青年期の時間的展望についての研究が多く行われている。
大学生の時間的展望の時代的変遷を検討した奥田(2013)は,以前の大学生は過去や現在について低く評価していても,年齢規範や性別規範などの「常識」を頼りに,「未来」への希望が持てていたが,ライフスタイルが多様化するとともに,自らの規範とするものがなくなり,現代の大学生は未来に希望を抱きにくくなっているとし,その結果として現代の大学生には「現在」が重要となっていると述べている。
大学生の時間的展望と社会人基礎力の関係を検討した奥田(2014)は,白井(1994b)の時間的展望体験尺度と下島他(2012)の日本版ZTPIの相違点を述べたうえでこの両方の尺度を用い,現在に対する満足度は低いが,未来に対しての指向は高い群が,社会人基礎力が高いことを明らかにしている。
時間的展望と精神的健康という視点からは,日潟・齊藤(2007)が高校生と大学生の時間的展望の違いと,時間的展望と精神的健康の関係を検討しており,年齢にかかわらずポジティブな時間的展望を持つものは精神的健康度が高いことを示している。それに対して,大石・岡本(2009)は,時間的展望と精神的健康の関係についての研究で,一時的な精神的健康が扱われていると指摘し,より安定的なレジリエンスを用いて青年期の時間的展望との関係を検討している。その結果,未来に対する態度と精神的健康度が最も関係しており,さらに全体的に時間的態度が肯定的な人の方が,精神的健康度が高いと述べている。
このように,時間的展望とは青年期にとって重要なものであり,多くの研究が行われている。死に対する態度のうち,肯定的な時間的態度と関連のあるものを検討することで,どのような死に対する態度を形成することが望ましいのかを明らかにすることができるだろう。
よって,本研究では時間的態度を扱うが,時間的展望を測定する尺度の中でも,時間的態度全体を測定する白井(1994b)の「時間的展望体験尺度」を用いる。奥田(2014)が指摘したように,白井(1994b)の時間的展望体験尺度は未来の面を重視した尺度で,下島他(2012)の日本版ZTPIは過去と現在を重視したものとなっている。本研究は自らの未来に待ち受ける死に対する態度を中心としているため,未来を重視した尺度である白井(1994b)の時間的展望体験尺度を用いることとする。
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