【問題と目的】
1.はじめに(3)
ここまで,死について考えることが有意義であることを述べてきた。しかし,実際授業に死について考えることを取り入れるのであれば,死に対する態度とその他の要因との関連を明らかにしておくことは必要だろう。死について考えるということを行う以上,死に対する態度を形成・変化させることが考えられる。実際,塩﨑(2016)は大学生を対象に生老病死(生まれること,老いること,病むこと,死ぬこと)を扱った「いのちの教育」を行う講義の結果,死に対する態度である「人生に対して死がもつ意味」をより感じるようになったり,「死後の生活への信念」が高まったりしたということを述べている。
死について考えることによって死に対する態度が形成・変化させられるのであれば,死に対する態度とその他の要因との関連を明らかにすることで,教育に死について考えることを取り入れる際の目標設定等にある程度の方向性を示すことができるだろう。では,死に対する態度と関連する要因としてどのようなものが考えられるだろうか。
デーケン(1996)の死別経験による悲嘆のプロセスという視点から考えると,死に対する態度は自らの生活への態度と関連があると予想できる。デーケン(1996)は様々なカウンセリングの経験から,悲嘆のプロセスには「精神的打撃と麻痺状態」から「立ち直りの段階」へと変化していく12段階のモデルがあるとしている。第1段階「精神的打撃と麻痺状態」では,愛する人の死の衝撃により,一時的に現実感覚が麻痺状態に陥る。第2段階では死を受け入れられず「否認」し,第3段階で愛する人の死に直面し,恐怖から「パニック」になる。なぜ自分の愛する人なのだという不当感や敵意を感じ,第8段階では「孤独感と抑うつ」が見られるようになる。第9段階「精神的混乱とアパシー」では,生活目標を見失った空虚さから,やる気をなくした状態に陥る。そこから諦めや受容が可能となり,最終段階「立ち直りの段階」で,次の新しい生活への希望が生まれ,愛する人を失う以前よりも成長することができる。この悲嘆のプロセスを死に対する態度と自らの生活への態度といった視点から見ると,第3段階では死に対して強い恐怖を感じており,未来の見通しが立てられない状況にあると言える。第9段階では,まだ「死」が思考の大部分を占めており,過去にとらわれ未来への目標も見失っている。しかし,第12段階では,死を受け入れ,未来へ思考が傾いていると言えるだろう。ここから,身近な人との死別経験という特殊なケースではあるが,死に対する態度の違いによって,自らの生活への態度が異なってくることが予想できる。
塩﨑(2016)の大学生を対象に生老病死を扱った「いのちの教育」を行う講義の結果では,死に対する態度が変化したと同時に,「自分の周りを大切に想うこと」や「一日一日を大切に生きること」などを考えた割合が高くなることも示している。ここから,死に対する態度の変化によって,自分の周りを大切に想うようになったり,一日一日を大切に生きようと考えるようになったりといった自らの生活への態度に変化が生じていると考えられるだろう。
石井(2013)や小正他(2015)の死について考えることで時間的態度が肯定的になるということと塩﨑(2016)の死について考えることで死に対する態度が変化するということからも,死について考えることによって,死に対する態度が変化させられ,その結果として時間的態度という自らの生活への態度が変容していると考えられる。
これらから,死に対する態度は時間的態度を含む自らの生活への態度に影響を与えることが予想される。そこで,本研究では,死に対する態度が影響を及ぼす要因として,自らの生活への態度という視点から時間的態度と幸せへの動機づけに焦点を当てて検討していく。幸せへの動機づけを本研究で扱うことに関しては,石井(2013)の死について考えることで将来に目標を指向するようになるといった結果と,大石・岡本(2009)の未来に目標を持つことで動機づけが高まるといった結果からである。大石・岡本(2009)は,精神的健康を維持したり回復に導いたりする力であるレジリエンスと時間的展望の関連を検討した研究で,未来指向性が高いとレジリエンスの中の「遂行性」が高くなったという結果を示している。その考察で,目標を持つことによって動機づけが高められるために,「遂行性」と関連が見られたとしていることから,未来に目標を持つことで,動機づけが高まることが考えられる。その動機づけの中には,自らの幸せへの動機づけも含まれるのではないだろうか。このことから,死について考えることで将来に目標を持つようになると同時に,動機づけも高まると予想し,自らの生活への態度として動機づけの中でも幸せへの動機づけを扱う。
最後に,本研究では,死に対する態度を扱うが,尺度の検討をしていると,死に対する態度の中でも,死に対する不安のみを測定する尺度や死生観を測定する尺度など,類似したものが複数存在する。その中には,現代の大学生には馴染みのない項目を含むものもあり,現代の大学生の死に対する態度を適切に測定できる構造か検討する必要性があると考えられる。そこで,本研究では死に対する態度全体を測定できるとされている丹下(1999)の死に対する態度尺度と隈部(2003)のDAP-R(Death Attitude Profile-Revised)日本語版の2つの尺度を用いて,現代の大学生の死に対する態度の構造も検討する。
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