4. 役割期待にあわせた自己呈示
役割期待は集団内の自身の立ち位置や状況によって生じると考えられる。私たちは日常生活において複数の集団に所属しているが,集団の中での立ち位置や状況はそれぞれに異なると考えられる。たとえば下斗米(2000)は,役割期待は呈示者の立場や呈示相手との親密度などの状況によって異なることを示している。この結果から,集団の仲間成員との関係性の違いによって,集団ごとに個人が認知する役割期待はそれぞれ異なる場合があると考えられる。
人は集団から何かしらの期待を受け取ったら,それに沿った行動を意図的にしようとする。それは自己呈示的な行動である。役割期待が生じる場面では,呈示者は呈示相手から何らかの役割を期待されており,多くの場合,その役割に沿う方向に自己呈示は変容すると考えられる。下斗米(2000)や黒川・吉田(2006)は,相手の期待に応じて自己呈示することで,対人場面を円滑にし,対人関係を維持・向上させる機能があることを示している。安藤(1994)は,相手に見てもらいたいと思う自己の姿をイメージして,その姿通りに見てもらえるように自らの言動を組み立てたりする。他者から見られる自分を意識しながら望ましい自分を「見せる」という行動を日常的にとっていると指摘している。また,福島(1996)は,男子大学生を対象として,個人が複数の身近な他者(父親,母親,教師,友人,好意を持つ異性)に対して示している自己イメージは必ずしも同一ではなく,それぞれの対人関係によって異なることを示している。同時に,人々が身近な他者に対して望ましい自己イメージを多く呈示しているということを明らかにした。さらに,榎本(2002)は,家族場面,友人場面,異性場面の3場面を設定し,それぞれの場面における自分を,パーソナリティを直接描写する形容詞リストを用いて測定し,家族場面と友人場面,異性場面では異なる自己の側面を表出していることを明らかにしている。また,友人場面と異性場面では表出する側面が似ているものの,異なることも示している。これより,他者からの期待を受け取った上でその状況にあった望ましい自己像を形成しているといえる。また,望ましい自己像は他者との関係性によって異なり,それに伴って自分の見せたい側面は変化すると考えられる。私たちは,自分の示したい自己像に基づいて自己呈示することは可能であり,実際に示したいと思う自己像に基づいて自己呈示していると考えられる。特に,一定期間継続した仲間集団では,対人場面を円滑にし,対人関係を維持したいと動機から自己呈示行動は表れやすいだろう。
これまで見てきたように,役割期待が異なる状況において自己呈示がどのように変化するか検討する研究はあるものの,どのように変化するのかという点において相手によって見せる程度が変わるといった抽象的なものが多く,具体的な自己呈示の変化の方向を示したものは少ない。したがって本研究では,他者から期待される行動が異なる場面において,自己呈示が期待に沿って変化するかを明らかにしたい。また,役割期待は呈示者の立場や呈示相手との関係性などの状況によって生じるものであるため,集団内での立ち位置や状況によって生じることが考えられる。私たちは日常生活において複数の集団に所属しているが,それぞれの集団の中での立ち位置や状況は異なると考えられる。したがって,個人が認知する役割期待は所属する集団によってそれぞれ異なる場合があると考えられる。たとえば,真面目さが期待される場面においても,集団が異なると個人が認知する役割期待は異なり,それに沿った自己呈示行動も異なることが考えられるということである。
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