3. 役割期待について
自己呈示理論の中ではLeary & Kowalski(1990)の自己呈示に関する2要因モデルにおいて,他者に与える印象を決定する構成要因として「役割規範(role constraints)」,「相手の価値観(Target values)」が挙げられており,他者からの期待が自己呈示を決定する要因の一つであることが示唆されている。他者からの期待については,自己に関するいくつかの理論的枠組みの中で扱われており,具体的には自己不一致理論や自己呈示理論が挙げられる。自己不一致理論では,自己視点の理想自己や義務自己に加えて,他者視点の理想自己(こうありたい自己)や義務自己(こうでなければならない自己)も人の行動に影響を与えることを示している(Higgins, Klein, & Strauman,1985 ; Higgins,1987)。したがって他者からの期待には,他者視点の理想自己,義務自己の両方ともが含まれていると考えられる。
自己呈示に影響を及ぼす要因の一つである他者からの期待の中に,役割期待がある。
役割期待とは,ある地位や状況にいる個人に対して,周囲の他者からしかるべき役割の実行が要求される現象である(後藤,1999)。そして役割期待は,社会的に特定される地位や立場に基づく期待と,友人関係などにおける個人的な期待の2つに分類できる(下斗米,2000;黒川・吉田,2006)。社会的に特定される地位や立場に基づく期待は,個人によって役割に変更はなく,集団内で共有された期待がある。一方で,友人関係における個人的な期待は,役割取得者によって異なる(黒川・吉田,2006)。前者はフォーマルな関係において,後者はインフォーマルな関係において形成される期待である。一般に,役割期待とは社会的に特定される地位への期待を示す(Biddle,1979)ことが多いと考えられるが,友人関係といったインフォーマルな関係にも役割期待は存在する。実際に,役割期待という用語はインフォーマルな関係で形成された期待という意味でも用いられている(下斗米,2000;黒川・吉田,2006)。よって本研究においてはフォーマルな関係で形成された期待に限らず,インフォーマルな関係で形成された期待も含めて,役割期待と表すこととする。
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