2. 自己呈示について


 2-1. 自己呈示の定義

 安藤(1990)は,「自己呈示」という言葉を用いる場合,他者に与えようとする印象が肯定的なものに限定する場合もあるが,最近では否定的な印象を他者に与えようとする場合も含めて「自己呈示」という現象を捉えようとする傾向が強いと述べている。これは,自己呈示を基に対人関係での社会的勢力(social power)の獲得・維持の問題を考えようとすることによる(Jones & Pittman,1982 ; Tedeschi & Norman,1985)ものである。Jones & Pittman(1982)は,自己呈示を「他者との関係の中で,自己の勢力を増大させようとする動機にもとづき,自己の特性に関する他者の帰属を誘発あるいは形成する目的のために行われる行動の側面」と定義づけている。また,Tedeschi & Riess(1981)は,個々の対人場面よりも長期的な影響を問題として,@行為者の社会的アイデンティティおよび状況を定義する,A否定的な行為と自分を引き離すことによって非難や社会的不承認を回避する,B自尊心を維持する,C特定の相互作用場面において他者に影響を与える,D他者に対する勢力,影響力を確立する,Eよい―悪い,強い―弱いという印象を作り出す,などにまとめている。

 @行為者の社会的アイデンティティおよび状況を定義するという行動の具体例として,会社の社長といった社会的な役割に適した振る舞いをすることが挙げられる。A否定的な行為と自分を引き離すことによって非難や社会的不承認を回避するという行動には,「時期が来たら話すけれど,今は話すことはできない」と言うなど話せないことを弁解し,正当化するといった行動が含まれる。B自尊心を維持するという行動には,他者から好意的に評価されるように自己呈示して自分の自尊心を高めることが含まれる。C特定の相互作用場面において他者に影響を与えるという行動には,同調したり,お世辞を言ったりして他者に好意的な印象をつけることで,その他者に対して影響力を獲得するといった行動が含まれる。D他者に対する勢力,影響力を確立する行動は,特定の領域で自分の能力の高さを印象付けることで,他者から尊敬されるような立場になるといった行動が当てはまる。Eよい―悪い,強い―弱いという印象を作り出すという行動の具体例として,強い人というイメージを演出して相手に恐怖感を抱かせることで自分の要求を受け入れやすくしたり,反対に弱い人というイメージを演出して相手の援助を引き出すといった行動がある。

 2-2.自己呈示行動の分類

 Tedeschi & Norman(1985)は,自己呈示行動を戦術的(tactical)−戦略的(strategic),防衛的(defensive)−主張的(assertive)という二つの次元によって分類している。

 「戦術的」自己呈示は,特定の対人場面において一時的に生じる行動を指す。具体例として,憧れの人から良い印象で見られようとして,相手が関心のありそうな話題を探したり,人前で大失敗をした際にその場を繕う言い訳をするといった場合が挙げられる。これに対して「戦略的」自己呈示は,多くの場面において戦術を組み合わせ,長期にわたって特定の印象を他者に与えようとするものを指す。つまり,戦術的自己呈示は初対面の人に対しての自己呈示,戦略的自己呈示は長期的に関係が続いている親子関係,友人関係,恋人関係など身近な人との関係における自己呈示といえる。

 また,「防衛的」自己呈示とは,他者が自分に対して否定的な印象を抱く,または抱く可能性があるとき,否定的な印象をできるだけ減少させ,少しでも肯定的な方向に印象を変えようとするものを指す。一方で「主張的」自己呈示とは,特定の印象を他者に与えることを目的として積極的に行うものを指す。防衛的自己呈示は守りの見せ方,主張的自己呈示は攻めの見せ方といえる。

 自己呈示行動を戦術的―戦略的,防衛的―主張的という二つの軸で分類したものは次のとおりである。@戦術的・防衛的自己呈示行動として,弁解,正当化,謝罪,セルフ・ハンディキャッピング,社会志向的行動などが挙げられる。これらは特定の場面において自己のイメージを守るための行動であるといえる。A戦術的・主張的自己呈示行動として,取り入り,威嚇,自己宣伝,示範,哀願などが挙げられる。これらは特定の自己イメージを印象づけるという目的のために,他者に対して積極的に行うものといえる。B戦略的・防衛的自己呈示行動として,アルコール依存,薬物乱用,恐怖症,学習性無力感などが挙げられる。こうした症状の背後に自己呈示の要素が含まれている場合に症状そのものが自己呈示的な側面を持つという(Braginsky, B. M., & Braginsky, D,1967)。C戦略的・主張的自己呈示行動として,魅力,尊敬,威信,地位などが挙げられる。これらは一回限りの行動で他者に印象づけることは困難なものであり,繰り返し印象づけることで獲得できるものといえる。

 本研究では,長期的に続いている関係のうちの仲間関係を研究対象として取り上げることから,戦略的な自己呈示行動について検討することになる。

 2-3.自己呈示の機能

 Leary & Kowalski(1990)は,自己呈示の機能を「報酬の獲得と損失の回避」,「自尊心の高揚・維持」,「アイデンティティの確立」の3つを挙げている。これら3つは独立したものではなく,相互に密接に関連していると述べている。
 
 たとえば「報酬」の獲得の具体例として面接試験が挙げられる。面接試験で,志願者が面接官に適切な印象を与えることができれば,内定を得られる可能性は高くなる。この場面では内定という「報酬」を獲得するために自己呈示をしているといえる。面接試験での「報酬」は明確であるが,日常生活の中にも自己呈示によって得られる「報酬」は存在する。たとえば,多くの友人がほしいと思っている人は,「好感度」を高めることによって友人を作ることができるといったことだ。また,自己呈示によって他者に対する「勢力」を増大させたり,それを失いそうなときに損失を最小限にすることができる。
 
 自己呈示を行うことで自尊心を高めたり,自尊心の低下を食い止めようとしている。自尊心を形成する要因の一つに他者からの賞賛がある。私たちは,他者からの賞賛を集めることで自尊心を高めている。たとえば,業績をあげたときに自分がいかに貢献したかを主張したり,優れた業績をあげた他者と自分に何らかの結びつきがあるように言ったりすることも自尊心の向上につながる。

 自己呈示がアイデンティティの確立の手段となることがある。自分が捉えている自分の姿と他者が捉えている自分の姿が異なっている場合に自己呈示を行うことがこれにあたる。Baumeister(1982)は自己の公的な印象と自己概念を一致させるような自己呈示を行うことがアイデンティティを確立する重要な手段となると述べている。

 また,Baumeister(1982)は,相手から報酬を期待する場合,人が公的な場で相手の価値基準に合わせた自己呈示をすると述べている。公的な場とは,他者に評価される可能性のある場面や後の相互作用が期待される場面のことであり,いわゆる集団の状況も該当すると考えられる。本研究では,個人が自己呈示をする相手として,集団である仲間関係を取り上げる。この仲間関係は一定期間継続している関係であることが想定されるため,個人は仲間集団に対して今後の関係性の継続を期待して自己呈示することが考えられる。

 これまで自己呈示について述べてきたが,私たちは日常生活において多くの人と関わり合っている。自分と他者との関係性は人によってそれぞれ異なっている。そして,関係性や立場,状況によって自己呈示行動そのものや自己呈示行動の動機が異なっていると考えられる。したがって,私たちは多くの人々と関わる中で,人によって自分の見せる側面を意識的にも無意識的にも変化させていることが考えられる。



back/next