3. 愛他行動
3−1. 愛他行動とは
自己の利益よりも他者の利益を優先して行動について,心理学では愛他行動や向社会的行動,援助行動といったさまざまな用語が用いられている。Eisenberg(1982)は,向社会的行動を,行動の動機が不明であるが,表面上は意図的で自発的な,他者の利益になる行動であると定義している。また援助行動とは,他者が身体的に,また心理的に幸せになることを願い,ある程度の自己犠牲を覚悟し,人から指示命令されたからではなく,自ら進んで,意図的に他者に恩恵を与える行動とされている(高木,1987)。さらに愛他行動とは,他者からの評価や賞罰とは無関係に,純粋に相手に利益をもたらすことのみを目標とする自発的な行動と定義されている(Bar-Tal, D., Sharabany, R., & Raviv, A.,1982)。愛他行動は特に,相手への感情移入や同情,共感が含まれることが行動生起の条件であるとされている(吉田・橋下・小川編,2012,pp.123)。また,愛他行動は直接的な援助行動に限らず母親が子どもに示すいたわりや愛情表現なども含む。このように各概念は定義されているが,それぞれの定義は研究者間でも一致していないとされている(永井,2011)。よって,本研究では愛他行動を,他者の利益のために外的報酬を期待することなくされる意図的・自発的な行動と定義し検討していくこととする。
援助行動には,様々な類型があるとされている。高木(1982)は,多様な援助行動を少数の類型に分けて体系化し,寄付・奉仕活動,分与・貸与活動,緊急事態での援助活動などに分類されることが明らかにされている。永井(2012)の共感性と愛他行動との関連の研究においては,援助行動の類型を踏まえ,愛他行動の種類を分けて検討している。その結果,「心理的支え」「補助・代行」の愛他行動には視点取得が影響しているのに対し,「貸与・分与」の愛他行動には視点取得は影響していないことが示されている。このように愛他行動の種類や状況によって共感性の影響が異なることが明らかにされている。
3−2. 愛他行動の対象
近年において向社会的行動は,様々な対象に対する向社会的行動の先行要因や結果要因がそれぞれ異なることを想定するアプローチで捉えられている(村上・西村・櫻井,2016)。家族,友人,見知らぬ人に対する向社会的行動の違い,向社会的行動の先行要因としての関係性の違いに焦点を当てるものである。向社会的行動は,その対象の違いによって生起頻度が異なると示されている(村上ほか,2016)。親しい友人や家族に対しては向社会的行動をとりやすく,それらの対象との関係が重要であり,関係を維持したり,改善したりすることを目的に行われる。Padilla-Walker & Christensen(2011)は,共感的関心は友だちや見知らぬ他者に対する向社会的行動を予測することを明らかにしている。また,小田・大・丹羽・五百部・清成・武田・平石(2012)は利他行動を対象別に測定する尺度を作成し,家族に対する利他的行動の背景には血縁淘汰が,友人や知人に対する利他的行動の背景には直接互恵が,見知らぬ人に対する利他的行動の背景には間接互恵が想定されることが明らかにされている。また,対象別の利他行動と情動的共感性を検討した結果,友人・知人項目群においてのみ感情的暖かさ・感情的冷淡さと関連があることが示された。これは,他人を対象とした利他的行動が情動的共感性に裏付けられていないことを示唆している。これらにより,特定の他者を想定して愛他行動を検討することは意義があると考える。
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