4.受容感に影響を及ぼす要因


4-1.性差・同性愛者タイプ

 和田(1996)は,同性愛に対する態度が,回答者の性別(男性か女性か)及び同性愛者タイプ(ゲイかレズビアンか)によって変わることを明らかにした。具体的には,女性の方が男性よりも同性愛者に対して好ましい印象を抱いており,また,女性の方が男性よりもゲイに対してより受容的であった。 しかし,古長(2016)の研究では,社会的受容感では,性別および同性愛者タイプの違いによって差は見られず,全体として高まっていた。これは,メディアなどで取り上げられる機会が増えたことや,法制度の改革などを介して同性愛者に対する受容感は高まってきており,そのような社会では,同性愛者は,もはやその存在そのものを否定されたり,その概念自体を受け入れがたいと感じたりする対象ではなくなったのではないかと述べられている。一方で,個人的受容感では,和田(1996)の先行研究と同様に,女性においてはゲイとレズビアンで差は見られなかったが,男性においてゲイよりレズビアンに対して受容的であった。また,ゲイに対して男性よりも女性の方がより受容的であり,逆にレズビアンに対して女性よりも男性の方がより受容的であった。 桐原・坂西(2003)でも同様に,友人に同性愛者を想定し,その友人から同性愛者であるとカミングアウトされた場合に性差が見られている。具体的には,男性の方が女性よりもカミングアウトに対して否定的な反応をすることを明らかにしている。この研究は「友人にカミングアウトされたらどうするか」を尋ねているため,回答者は身近に同性愛者を想定している。 和田(2010)はこの結果に対し,自身と直接関わらないところではマイノリティに対しても社会的望ましさが働き,同性愛に対する態度も肯定的になると考えられるが,自分自身に関わるとなると対応が変わる可能性があると述べている。つまり,このように,身近に同性愛者を想定した場合には,受容できる人とそうでない人の間に何らかの違いが表れるのではないかと考えられる。具体的には,和田(1996)(2010)の指摘する性差や同性愛者タイプ,同性愛者との接触度,認知的複雑性などによって違いが生じると考えられる。


4-2.接触度・メディア利用度・メディアリテラシー

 宮澤・福富(2008)は,和田(1996)の研究を受け,同性愛者に対する態度とメディアリテラシー,接触度,メディア利用度との関連を検討している。メディア利用度,接触度においては,テレビ利用度が高い人ほど,同性愛者に心理的距離を感じ,友人に当事者がいる人ほどポジティブなイメージを持つことを明らかにした。一方,レズビアン尺度はゲイと異なり,ポジティブイメージ因子における有意な因子が無く,メディアにおけるゲイとレズビアンの扱い方の差が影響していると指摘している。ゲイ態度の心理的距離因子においては,メディアリテラシー尺度の主体性志向因子と多様性理解因子が関係しており,どのような情報も受け止めて,情報の正当性を検証する主体性が必要だと示唆した。社会的認知因子とネガティブイメージ因子では,多様性理解因子が関係しており,自分と異なる価値観の持ち主である同性愛者を社会的に受容するには多様性理解が重要であると示唆した。

4-3.クリティカルシンキング志向性

 廣岡・小川・元吉(2000)によると,「クリティカルシンキング」とは,適切な基準や根拠に基づく論理的で偏りのない思考である。認知欲求と相関があり,社会的スキルとの相関から,認知欲求よりも社会生活に応用できる概念である。例えば,メディアなどを通して得た情報について,それをそのまま受け入れるのではなく「本当に正しいのか」という疑問を持つことでその情報の真実を追求しようとする思考がクリティカルシンキングにあたる(矢澤・古川・中島,2020)。

 また,クリティカルシンキングは,自分の推論過程を意識的に吟味する思考,つまりその批判の対象は他者や周囲ではなく自分自身の推論過程にあるという内省的な思考でもある(楠見,2005)。自身が他者に対して抱いた印象を無批判に受け入れるのではなく,その印象が「本当に正しいかどうか」を意識的に吟味し,ときにそれを修正することは相手の心理状態を正確に推測することへとつながる(Epley & Waytz, 2010)。

 クリティカルシンキングはメディアリテラシーの向上(楠見・三浦・小倉,2012)や有効なコーピング方略の獲得,抑うつの予防(池田・安部,2014; 磯和・ 南,2014)にも効果的である可能性が指摘されるなど,さまざまな面でその有用性が主張されている。そのため,現代社会に生きる私たちにとってクリティカルシンキングの獲得は重要かつ不可欠な課題であり,クリティカルシンキングを高めるための適切な教育が求められている(矢澤ら,2020)。

 しかし,多くの先行研究はクリティカルシンキングの認知的側面として課題や問題解決に及ぼす影響に着目しており,対人関係におけるクリティカルシンキングの有用性についてはあまり検討が行われてこなかった。そこで,元吉(2011)や廣岡ら(2000)は,クリティカルシンキングの社会的・対人的な側面における有用性を示唆しており,有用性を明らかにすることがクリティカルシンキング獲得推進に繋がる可能性を示している。

 また,Ennis(1987)によると,クリティカルシンキングを構成する要素は,認知的側面と情意的側面に分類される。クリティカルシンキング能力は,認知的側面に該当し,問題を明確化すること,情報の信頼性を判断し,正しい情報に基づいた推論を行えること,適切な判断や意思決定ができることなど,クリティカルシンキングを発揮できるかどうかを指す。一方,クリティカルシンキング傾向性は,情意的側面に該当し,明確な主張や理由を求めること,信頼できる情報を利用すること,開かれた心を持つことなどクリティカルシンキングを行おうとする傾向のことを指す。能力を有したうえで,その能力を発揮し,展開しようとするか傾向を指すものである。(廣岡・元吉・小川・斎藤,2001)。さらに,廣岡ら(2001)は,クリティカルシンキング志向性というもう一つの要素を示している。クリティカルシンキングに対してその能力があるかどうか,また傾向性があるかどうかは別として,クリティカルシンキングをしたいと思っているかどうかを問題としているのである。傾向性が,能力を備えたうえでそれを発動しようとするかどうかという点を問題にしているのに対して,志向性は,能力の有無は問うていない。能力や傾向性は別として,とりあえずクリティカルシンキングをしたいかどうかという点に重点を置いているのである。

 さらに,クリティカルシンキング志向性尺度は他者が関与するかどうかの観点から,クリティカルシンキングに対する2種類の志向性(社会的クリティカルシンキングと論理的クリティカルシンキング)で構成される(廣岡ら,2001)。社会的クリティカルシンキングは,人間の多様性を認め,他者や多様な価値観に対する寛容さを持つことを重視する,またはそのような考え方をしたいという姿勢である(平山,2015; 元吉,2011)。「自分とは違う考え方の人に興味を持つ」「人の考え方にはバラエティがあると思う」など他者の存在を想定する必要のある状況に関する30項目で構成される。論理的クリティカルシンキングは,常に客観的で冷静な判断や探究的で追究的な思考をしたいという姿勢であり,「判断をくだす際には,事実や証拠を重視する」「物事を決めるときには,客観的な態度を心がける」など他者の存在を想定しなくても意味をなす状況に関する29項目で構成される(元吉,2011)。

 田中(2011)はステレオタイプ抑制とクリティカルシンキング志向性の関連を検討し,クリティカルシンキングを志向することが長期的なステレオタイプの抑制に繋がることを示唆している。田中の研究では,廣岡ら(2000)のクリティカルシンキング志向性尺度と,廣岡ら(2001)の社会的クリティカルシンキング尺度を用いている。

 ここで,和田(1996)が同性愛に対する態度との関連を示唆していた認知的複雑性と,ステレオタイプ抑制との関連ついて触れておく。ステレオタイプを抑制すると,その後に抑制されたステレオタイプがかえって浮かびやすくなるという逆説的効果が生じることが示されている(Macrae, Bodenhausen, Milne, & Jetten, 1994; Monteith, Sherman, & Devine, 1998)。認知的複雑性とは,対人認知を規定する認知的特性であり,社会的環境,なかでも他の個人を複数のコンストラクトを使用して捉えているかどうかという特性である(Bieri, 1955)。認知的複雑性が低い個人は,単一次元上で対人認知を行っているのに対し,認知的複雑性が高い個人は,対人認知の際,他者を多次元的に捉えていることが示されている(池上,1983)。

 山本・岡(2016)はステレオタイプ抑制による逆説的効果と認知的複雑性との関係について検討し,認知的複雑性が低い個人は逆説的効果が生じやすいが,認知的複雑性が高い個人は逆説的効果が生じにくいということを示唆している。

 クリティカルシンキングが多角的で偏りがなく,その妥当性を繰り返し吟味する思考であること,体系的思考(分析的,意識的,そして熟考的な思考であり,認知的負荷を必要と する思考)の中にクリティカルシンキングが含まれると考えられる(矢澤ら,2020)ことから,認知的複雑性と関連する概念であるのではないかと考えられる。

 さらに,宮澤・福富(2008)で同性愛者に対する受容と関連がみられたメディアリテラシーは,クリティカルシンキングの下位概念であると捉えられ,クリティカルシンキングとの関連が認められている(楠見ら,2012)。

 以上のことから,クリティカルシンキングを志向することはステレオタイプを抑制し,同性愛者に対する受容感に影響をもたらすのではないかと考えられる。本研究では,他者の存在を想定した社会的クリティカルシンキング尺度を用いて検討を行っていく。

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