アサーション
1.3 アサーション
社会的スキルの一つとして、平木(2009)は日常生活において、円滑で良好な対人関係を促進する概念として、アサーションがあると指摘しており、お互いを大切にしながら、それでも率直に、素直にコミュニケーションをすることをアサーションと述べている。アサーションには3つのタイプがあり、非主張的自己表現(自分よりも他者を常に優先し、自分のことを後回しにするやり方)、攻撃的自己表現(自分のことだけを考えて、他者を踏みにじるやり方)、アサーティブな自己表現(自分も相手も大切にしたやり方)の3つのタイプがあると述べている。そして、平木(1993,2009)は、非主張的自己表現をすることで、言いたいことを言わずにして我慢や恨みが積み重なると欲求不満や怒りがたまり、人と付き合うことがおっくうになってしまい、攻撃的自己表現では、相手を傷つけ関係が悪化してしまう恐れがあると述べている。以上のことからも自分より常に他人を優先するのでもなく、自分のことだけを考えるのでもなく、自分も相手も大切にするアサーティブな自己表現をすることが望ましいと考えられる。
1.4 我が国におけるアサーション研究
我が国におけるアサーションの研究に関して、扇子・須貝・吉田・伊藤(2001)は適切に自己表現できる児童はストレス度が低いことを明らかにしており、追田・田中・淵上(2004)は、職場において自己主張はストレス反応を直接的に減少させることを明らかにしている。また、関口・三浦・岡安(2011)は大学新入生を対象とした研究で、アサーティブな自己表現をしている大学新入生は非主張的、攻撃的な自己表現を行う学生に比べて、対人関係における様々なストレスの出来事の経験やストレス反応の表出が少ないことを明らかにしている。さらに、玉瀬・角野(2005)は青年用アサーション尺度(玉瀬・越智・才能・石川,2001)を用いて、アサーションを構成している“説得交渉”(人に対応すること)を積極的に行うものは、対人ストレスの一つである対人劣等が少ないという関係を発見している。これらの研究から、アサーティブな自己表現をすることで人間関係を維持することに役立つだけでなく、ストレスが出づらくなるというという利点があるため、アサーティブな自己表現をすることの重要性がわかる。しかし近年、情報社会の進展によって、インターネットやSNSによる非対面的なコミュニケーションが増え、対人関係の希薄化が進んでおり(白井,2006)、ライフイベントを通して獲得される社会的スキルが不十分であるため、適切に自分の考えや気持ちを人に伝え表現すること、言い換えるとアサーションをすることができない傾向がある(廣岡・廣岡,2004)という問題がある。さらに、玉瀬他(2001)は日本人の人間関係については、相手との関係に配慮するあまり、必要な自己表現が抑制されてしまいがちであると指摘している。これらのことからも、現代の日本人は、自分の考えや気持ちを率直に伝え、表現できているとは言い難いと言える。
1.5 アサーション・トレーニング
自分の考えや気持ちを率直に伝え、表現できているとは言い難いと言える状況下で、アサーティブな自己表現ができるよう、アサーション・トレーニングが、教育現場、女性センター、看護の分野、学生相談、企業研修などで行われている(用松・坂中 2004)。このトレーニングに関して、大学生を対象とした堀川・柴山(2006)の研究では、アサーション・トレーニングの実施前と比較して、実施後の自己表現力が高まることを示している。しかしながら、用松他(2004)は、アサーション・トレーニングの効果研究は決して多いとは言えない状況にあり、今後より丁寧な効果研究並びに事例研究が求められていると指摘している。アサーション・トレーニングの効果研究や事例研究をより丁寧に行うためには、アサーションそのものに関する基礎研究をより積み重ねるべきであるといえる。沢崎(2006)は、我が国ではアサーション・トレーニングに関して実践面が先行して、研究面が遅れていると指摘している。まずアサーションの効力を研究し、その後に、トレーニングのプログラムを作成し、作成したアサーション・トレーニングが本当に効果を示すかについて考えることが求められる。本研究においてアサーションをすることで、ストレス反応を低くする、居場所感をより強く感じるようになるといった結果を出すことは、大きな意義があるだろう。
1.6 アサーション尺度
後にも記載するが、本研究では自己表現の3タイプがどのように居場所感を感じるか、ストレス反応を示すかについて研究を行う。アサーティブな自己表現を測定する尺度として、菅沼(1989)のアサーション=チェックリスト、玉瀬他(2001)の青年用アサーション尺度が開発されている。関口他(2011)は、菅沼(1989)のアサーション=チェックリストを用いて、自己表現の3タイプ(アサーティブな自己表現、攻撃的自己表現、非主張的自己表現)のそれぞれがどのようにストレス反応を示すかについて研究を行った。しかし、アサーション=チェックリストは本来、アサーティブな自己表現を測定するために開発された尺度であり、攻撃的自己表現を捉えていると言い難い(関口他,2011)とされているといった課題を残している。一方で玉瀬他(2001)の青年用アサーション尺度は、アサーション・チェックリストを踏まえて作成されたものである。この尺度の下位尺度は“説得交渉(他者に対応すること)”、と“関係形成(他者に働きかけること)”の2つの下位尺度で構成されている。また下位尺度のうち“説得交渉”は攻撃性と正の相関が認められている(玉瀬他,2001)。つまりこの尺度は先ほどのアサーション・チェックリストとは異なり、攻撃性をより捉えることができていると考えられる。この尺度の特徴としては、一般的に関係形成が基盤的なものであり、関係形成が十分できるようになった後、その上で説得交渉ができるようになるということも明らかにされている(玉瀬他,2001)。本研究ではこの尺度を用いるが、青年用アサーション尺度を用いて、自己表現の3タイプがどのようにストレス反応を示すかについての研究はまだ見られない。本研究ではアサーションの度合いを測定するものとして、この青年用アサーション尺度を用いる。
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