5.罪悪感


5-1.罪悪感の定義

罪悪感とは,後悔,良心の呵責,“悪いことをしてしまった”ことへの失望を意味する(Tangney,1992)自己意識的情動である。さらに,実際に規範に背かずとも,それを欲するだけで喚起されるとする見方もある(横田,1999)。罪悪感は社会的行動を抑制し,謝罪や補償行為を生じさせ,規範準拠機能および,個人と対人間に役立つ機能を持つ。一方で,抑うつ,不安,対人不安,社会的活動障がいと負の相関を持ち,苦痛を伴う情動反応でもあり,苦痛を回避するために罪悪感を喚起するような行為は抑制されると考えられる(有光,2021)。

また,罪悪感の元になる「悪さ」には,刑法罰にあたる犯罪行為から,友人との付き合いにおけるマナーのような個人的な規範の逸脱ということまで,法的な意味での「悪さ」自体にかなり幅があるので,それに対する罪悪感にも幅があると考えられる。この点について大西(2008)は,従来の罪悪感測定尺度について検討し,罪悪感の諸側面の整理を行っている。罪悪感は3つに分類することができ,1つ目は,一時的感情状態として喚起された罪悪感の強度を表す状態罪悪感。2つ目は,罪悪感を経験することに関するパーソナリティ特性である特性罪悪感。3つ目は,ある特定の状況に対する判断傾向を表す罪悪感に分類される。本研究ではコロナ禍での外出行動について研究を行うため,犯罪行為のような法的規範逸脱の際に生じる罪悪感ではなく,公共の空間における迷惑行為などが該当する公衆道徳違反行為,他者へ負い目を感じる行為や利己的な行為である個人的規範逸脱行為に生じる罪悪感を含む3つ目の特定の状況に対する判断傾向を表す罪悪感について検討する。また,罪悪感の抱きやすさには年齢による差があり,10~20代の若者では,個人的規範逸脱行為に対する罪悪感が犯罪行為に対する罪悪感よりも大きいことが分かっている(藤吉・田中,2006)。これは,10~20代では法律違反や刑罰を受けることよりも,自己の行いが自身の基準と適合するのかどうかで喚起される罪悪感の大きさに違いがあり,“個”を重視する価値観が伺える。同一の行為であってもそれに伴う罪悪感を全く喚起しない人と,喚起しやすい人がいると考えられるということである。


5-2.罪悪感についての性差

罪悪感の性差については,女性は男性に比べて,高い共感性を有しており他人への思いやりに関心があることから,犯罪行為からマナー違反,個人的規範逸脱まで幅広い状況で罪悪感を喚起しやすいことが明らかになっている(Hoffman, 1997)。また,石川・内山(2002)では,男子青年と女子青年では情動的・認知的共感性と罪悪感とも関連に違いがあることが示されている。すなわち男性が「個の確立」を重視するのに対し,女性は「関係性の維持」を重視するという,方向性の違いがあることが指摘されている。またGilligan(1982)は,男性と女性の道徳性は質的に異なっており,男性の道徳性が分離志向の強い「正義の道徳」であるのに対し,女性の道徳性は関係志向の強い「配慮と責任の道徳」であるとしている。このことから10~20代の中でも男性は自己の規範意識に基づいて行動している傾向にあり,女性は自身の基準と周囲との関係や周りの人の行動とで折り合いをつけて行動を決定するもしくは,どちらかを優先して行動すると考えられる。また,谷(2010)によると,公共場面での迷惑行為に対して,男女ともに他者の感情体験に対して感情移入したりする傾向が高いほど,罪悪感を喚起しやすい傾向に見られた。また,男性では他者の視点に立って気持ちや状況を想像しようとする傾向が高いほど罪悪感を喚起しやすいことが示されている。女性は「関係性の維持」を重視する傾向にあるが,公共場面で出会う一般的他者は関係性を維持すべき対象とならないため男性よりも罪悪感を感じづらいことが示されている。

コロナ禍においてマスクの着用や,手指消毒などの感染対策は,現状の日本社会では当たり前のマナーという認識になっており,特定の誰かのために特別に行うものという意識を持ちづらい一方で,もし感染対策をしていないと自身の周囲の人から異端者のように見られて,関係性にヒビを入れることにもつながると考えられる。男女によって罪悪感の感じ方にどのような差があるのかを考察していくことで,男性,女性がそれぞれコロナ禍をどのくらい身近に感じているのかも調査していく。



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