考察
6-1.コロナ不安における性差についての検討
性差を検討するためにt検定を行った結果「感染不安」及び「外出不安」において有意な性差が見られた(Table14)。藤井(2021)の研究ではコロナ禍における大学生の不安には性差が無いと報告されていたが,先行研究は2020年11月18日に調査が行われており,新規感染者数が本研究での調査時と比べて数が多く,ワクチン接種も始まっていなかったため,感染収束の見通しが持てず,男女を問わず,大多数の人がとにかく感染に対する不安を強く持っていたことが考えられる。厚生労働省によると,2020年11月18日の1日の新規感染者数が2173人であるのに対して,本研究の調査を始めた10月中旬では1日の新規感染者数は300~400人程度,11月中旬には同じく100~200名程度であり,1日の新規感染者が先行研究の時期と比べおよそ10分の1程度に減少している。また,本研究での調査時にはファイザーやモデルナの新型コロナウイルスのワクチン接種が進み,日本では約80%の人が必要回数のワクチン接種済みであり感染リスクが小さくなっているため,先行研究時と比べ人々の不安の程度が小さくなっていることが考えられる。その中で男女による不安に差が生じたのは,不安の感じ方の程度や,感じやすさ,不安の持続しやすさにおける男女の違いが顕著に現れるようになったからだと考えられる。藤井(1998)の大学生活不安尺度の検討では女子学生の方が男子学生よりも大学生活に不安を強く感じていることが分かっており,女子学生の方が不安を感じやすいことが分かっている。本研究では日常生活や部活動・サークルにおける不安には差が見られなかったが,女性は男性に比べ外出する事やそれに伴ってコロナに感染することに対して不安を感じていると考えられる。
また,文化的自己観おいては,「相互独立的自己観」でのみ有意な性差が見られた。Gilligan(1982)は,男性と女性の道徳性の質的違いについて,男性の道徳性が分離志向の強い,「正義の道徳」であるのに対し,女性の道徳性は関係志向の強い「配慮と責任の道徳」であると述べている。男性は自身と他人を分けて二項対立の関係を作りやすいため,他者の行動や考えの欠点にがばかり注目してしまい,自身の行動判断を正しいと捉えてしまう。そのため,男性は自身の設定した「自分は感染しないだろう」という判断基準に則って行動しているため,「感染不安」や「外出不安」を感じづらい(あるいは意識していない)と考えられる。一方,女性は外出する事やそこから万が一コロナウイルスに感染してしまった時に自身の所属する集団ないし周囲の人との関係性に支障が出るリスクや身内の人が他者から白い目で見られることへの責任を意識するため,外出や感染を男性よりも不安に感じていると考えられる。「相互協調的自己観」において性差が見られなかったのは,日本の独自の自己観が影響していると考えられえる。日本を含む東洋文化圏では,他者との関係性を基盤としているため全体的に相互協調的自己観が優位になりやすいことから,本研究でも男女の相互協調的自己観に特段の有意な性差がみられなかったと考える。
6-2.罪悪感への影響について
罪悪感を従属変数にした重回帰分析の結果,「日常生活不安」と「部活・サークル不安」から影響が見られた(Figure2)。相互協調的自己観が高い人は,感染拡大によって自身が所属する集団とのつながりが希薄になり,これまで気づき上げた関係が崩れてしまう事に対し日常的に不安を感じており,さらにメディアやSNSから新型コロナウイルス感染症や変異株ついて情報,コロナハラスメント等のコロナに関する情報からも不安を感じているため,自身が外出した際にはそれらの不安から罪悪感を感じやすいと考えられる。
この際に感じる罪悪感の矛先は,2つに分かれると考えられ,1つは自身が所属する集団,2つ目は社会全体に対するものだと考えられる。所属する集団に対しては,集団の他の構成員がコロナに対して強い不安を抱いている場合や感染対策に力を入れていることを知っている場合には,自身の行動が集団内から逸脱していることや,自分が他の成員に感染のリスクを高めていることに対して罪悪感を感じると考えられる。また,このような人は自身が外出していない場合でも内集団員が外出している時には罪悪感を喚起しやすいと考えられる。社会全体に対しては,たとえ特定の所属集団を意識せずとも,一般他者や社会全体で行われている,感染防止の取り組みや「不急不要な外出は避けて自粛に努めなければならない」という認識から自身の好意が逸脱していることに不安や罪悪感を感じていると考えられる。よって仮説1は一部支持されたと言える。
部活・サークル不安から罪悪感への正の影響は,自身が部活や・サークルなどの特定の集団に属していたり,所属している集団が自身の中で高い位置づけにあるほど,もし感染することで他の成員に迷惑がかかることや,他の成員が自粛しているのに自分だけが外出している事を気にしたり,その集団に今まで通り所属できなくなる事から罪悪感を感じやすくなると考えられる。部活・サークル不安へは,コロナ意識から正の影響があり,コロナウイルスの感染防止対策を実施していたり,自身が感染する可能性を十分に理解している人ほど不安が高まると考えられる。また,1・2年生は自身がコロナに感染した際に,所属集団内の上級生にも迷惑をかけてしまう事,3・4年生は役職や責任のある立場にある人ほど自身が感染した際に集団に及ぼす影響を考え,罪悪感を感じやすくなると考える。
白石ら(2012)によると,自分自身の行為でなくても感じる罪悪感を「集合罪悪感」といい,内集団成員による外集団に損害を与える行為について,自分が直接その行為に関わっていなくても自責の念や申し訳なさを感じること。外集団に損害を与えた行為に内集団の責任があると認めるとき,集団成員が経験する苦痛・嫌悪感の感情である。自身が所属する集団部活・サークルメンバー,バイトの同僚,同じ大学といった様々な集団がある大学生が自身だけでなく,内集団成員が外出することに対して集合罪悪感を抱くことが考えられる。また,同一性(その集団への所属意識,社会的アイデンティティ)を強く感じるほど集団の行為について自分の責任を感じ,さらに自分の責任を強く感じるほど集合罪悪感を強く感じることが分かっている。本研究では,自身の外出先について感じる罪悪感を尋ねたが,集団への同一性を強く感じる人は内集団員の行動によっても罪悪感が喚起される可能性があり,部活・サークル不安が高い人の中にはそのような人がいたことが考えられる。こちらも仮説1を一部支持する結果となった。
6-3.外出回数への影響について
「外出回数」を従属変数にした重回帰分析の結果,「外出不安」から負の影響が,「部活・サークル不安」から正の影響が見られた(Figure2)。
コロナウイルスに感染することや,濃厚接触者となることのリスクを回避しようとする人は極力外出を減らしていることが明らかになった。また,外出不安へはコロナ意識と情報的影響から正の影響が見られた。コロナ対策や自身が感染する可能性を感じている人は,コロナを自身とは縁のないものだと捉えず危険性や感染した際に重症化することを身近に感じているため外出への不安を高く持っていると考えられる。
また,自身の判断や行動が正しいのかの判断の拠り所として他者の行動や意見をあてにする傾向のある人は,外出不安が高いことが明らかになった。コロナ禍ではSNS上に自身が外出した先の写真や動画を載せることは周囲に対して自分は自粛していないことを宣言し,感染防止に努めていないというレッテルを貼られて白い目で見られることに繋がるので,たとえ外出や旅行に行っていてもそれをSNSに投稿することはしない人が多くなったと考えられる。そのような状況下では周囲の人が外出しているのかしていないのかを判別することが難しくなり,自身が外出することに対する判断の拠り所がなくなってしまうことから,メディアでの自粛の呼びかけや感染拡大状況を判断の拠り所として,外出に対する不安を高めていると考えられる。
それから,部活・サークル不安から外出回数には正の影響が見られ,部活・サークルの再開の見通しが見えないことや,コロナ禍以前と同じように活動ができるようになることに不安を感じている人ほど外出回数が多くなっているのは次のことが考えられる。部活・サークル不安の高い人は所属する集団に対する同一性が高く,大学生活の中でも部活・サークル活動に力を注いできた。特にコロナ禍以前の夏季休業期間中は,部活やサークルでは合宿や大会などで所属集団と普段の大学生活中よりも長い時間共に過ごし集団成員間の仲や集団全体での親睦を深める期間であったと考えられる。しかしコロナ禍ではそのような活動や交流はできず,本来部活動やサークル活動に充てる時間が空白となった。空白となった時間は,これまで部活やサークルで補われていた集団内の親睦を深めたり,関係性の維持のために外出に繋がっていると考えられる。部活・サークル不安はコロナ意識から正の影響を受けており,新型コロナウイルスの感染拡大状況や,自分が感染するリスクを身近に感じながらも成員間の関係性の維持や親睦を深めようとした結果外出行動に繋がり,それと同時にリスクを感じているからこそ罪悪感も感じていると考える。以上のことより仮説3は一部支持されたといえる。
6-4.罪悪感・外出回数に性差が及ぼす影響の検討
仮説4を検討するために,前述した重回帰分析に「性別」を新たに独立変数として加えて重回帰分析を行った(Figure3)。
その結果,「性別」から「相互独立的自己観」「感染不安」「外出不安」への影響が見られた。また,「外出回数」に対して「コロナ意識」と「情報的影響」から新たに影響が見られた。まず,性別から相互独立的自己観については,男性において影響が見られた。これは石川・内山(2002)が示すように,女性が「関係性の維持」を目指すのに対し,男性が「個の確立」を目指すこと,あるいはGilligan(1982)によれば,男性と女性では道徳性が異なっており,男性が分離志向であるのに対し,女性が関係志向であることが関係していると考えられる。また,「性別」から「感染不安」「外出不安」への影響は,t検定の結果と同様,女性の方が男性よりも不安を感じやすいことが影響していると考えられるが,「感染不安」や「外出不安」の項目は先行研究で調査された質問紙には含まれていなかった項目であるため,新型コロナウイルスに対する恐怖感やコロナ禍での生活を経てこれらの不安を獲得したのではないかと考えられる。「コロナ意識」が「外出回数」に負の影響を与えており,これはコロナに対する不安が外出行動を抑制するのではなく,新型コロナウイルスが自身にとって決して遠い話ではなく,自身や親しい身内にも関係する問題だと当事者意識を持つことで外出回数の低減に繋がる傾向があるのではないかと考える。若者の自粛が続かないことや,度重なる報道や呼びかけで感染の恐怖や注意喚起のメッセージが伝えられても,自身にとって遠い問題だと捉えていては外出行動に劇的な変化(外出行動の抑制)はあまり望めないことが示唆される。
仮説4については,女性は男性に比べてコロナ不安が高く外出行動には影響を及ぼしていたが,罪悪感に大きな影響はなく,仮説は支持されなかった。
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