3.文化的自己観


文化的自己観とは,Markus & Kitayama(1991)が提唱した概念で,ある文化において歴史的につくりだされ,暗黙のうちに共有されている人の主体の性質についての概念(北山,1998)である。文化的自己観は「相互独立的自己観」と「相互協調的自己観」に分類される。前者は「自己は周囲の人間と本質的に切り離された主体であるという認識を持ち,行動は主体から外界に働きかけるものであり,自己に内在する様々な特性によって定義される」と考えられ,西欧特に北アメリカ中産階級に典型的な考え方である。一方,後者は「自己は周囲の重要な他者とつながっているという認識を持ち,行動は周囲の人間や状況に依存し,人間は集団に成員として調和を保つように動機づけられている」(一言・松見,2004)と考えられており,日本を含むアジアの文化で前提とされるものである。日本人の自己の特性の多くは,相互協調的自己観の反映として理解される。例えば,甘え(土居,1969),日本的自我(南,1983),間人主義(浜口,1982)の概念に共通する自己認識の特性は,他者との親和,他者評価への懸念,個人の自立の低さ等が該当する。文化圏によって自己観が固定化されているように考えられがちであるが,西欧・アジアそれぞれの文化の中でも,非典型的な自己観が優位な下位文化や個人が存在することが示唆されている(Markus & Kitayama,1991)。また相互独立-相互協調的自己観の区分は異なる文化を持つ集団同士で行われる比較文化的視点であるのみならず,ある特定の文化内で行われる文化内比較に対しても有効なモデルとなり得ることがMarkus & Warf(1987)の研究から推測されている。

本研究は比較文化視点と文化内比較の2つのアプローチのうち,後者の視点に立つものである。この文化内比較では,人は相互独立的自己観と相互協調的自己観の両面を持っており,2つの自己観の相対的優位性によって,個人の自己観が規定されるという考え方を基盤としている(高田,2011)。青年期においては成人期と比べて相互独立性が低下する一方で,相互協調性は極大を迎えることが分かっている(高田,1999)。これら2つの自己観の個人差を測定する尺度も作成されており,相互独立的自己観が優勢の者は,自尊感情や肯定的自己認識が高いのに対して,相互協調的自己観が優勢の者は,自尊感情が低く心理的ストレスや批判的自己認識が高いことが示されている。また,他者からの期待に添うための自己点検を怠らないために,他者の視線を敏感に感じ取り,自己批判的になりやすい(高田,2012)と考えられている。

コロナ禍での感染予防行動の実施や外出することに対する根本的な考え方が,2つの文化的自己観のどちらかが優位であるかによって決定づけられると考える。相互独立的自己観が優位な人は,周囲の人や社会ではなく自身の定めた基準や考え方に沿って行動を起こすことが考えられ,「自分は感染しない」あるいは「感染しても軽症で済む」と考えている人は,感染予防行動をあまり行わず,コロナ禍以前とさほど変わらずに外出すると考えられる。一方で,相互協調的自己観が優位な人は,周囲の人や社会との関りを保つことを大切に考えるので,たとえ自身がコロナに対してあまり不安や恐怖を感じていなくても外出することを憚り所属するグループから白い目で見られないよう努めることが考えられる。

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