2.学業的援助要請について
学業的援助要請とは,学習過程において自分一人の力では解くことができない課題に取り組む際に,教師や友人などの他者に課題解決のための援助を求める行為のことをいう(野ア,2003b)。これは,円滑な課題解決に不可欠な学習方略であるとされている。しかし,援助要請の仕方によっては,学習を阻害してしまう場合がある。学業的援助要請は,自ら十分に考慮した上での行動と,安直に他者に頼ろうとする行動とが存在する。中谷(1998)は,これらを概念的に区別することが重要であると指摘している。また,学習者のなかには学業的援助要請を積極的に行わない者がいることも明らかになっている(Newman, 1990; Newman & Goldin, 1990)。学業的援助要請の分類について,野ア(2003b)の研究では,Butler(1998),Nadler(1998),Ryan & Pintrich(1997),Nalson-Le Gall(1987)の先行研究をまとめて,3つのスタイルに分類している。直接的な答えよりもヒントを求める,要請までの時間が長い,といった特徴を持つ「適応的要請」,ヒントよりも直接的な答えを求める,要請までの時間が短い,といった特徴を持つ「依存的要請」,いかなる場合でも意図的に要請を避ける,といった特徴を持つ「要請回避」の3つのスタイルである。本研究では,この野ア(2003b)の分類に倣い研究を進めることとする。
2−1. 学業的援助要請と学習
学業的援助要請は必ずしも多ければ良いとは限らない(中谷,1998)。学習者の意図により学習に良い影響だけでなく,逆に悪い影響を与えることもある。Newman(2006)によると,適応的要請は努力の後に生じ,答えよりも間接的な助言を求めるため,課題についてより深く考え十分な理解が得られるなど学習に促進的な影響をもたらす効果があるという。一方で,依存的要請は努力をせずに直接的な答えを求めてしまうことで,自分で考える機会を奪い十分な理解につながらず,逆に学習を阻害してしまうことがあるという。援助要請を行っていても,この両者では学習に対して相反する効果があらわれていることがわかる。
また,課題解決に対し援助要請をしないことは不適切な方略とされるが,要請回避を不適切なスタイルであると完全に断言することはできない。先行研究では,「自分で学習を進めることができる」などの自律的な理由から援助要請が回避される場合もあることが明らかになっている(Butler,1998)。さらに,村山・及川(2005)は,目標自体が回避的でないのであれば要請回避も学業低下につながらず,非適応的とは断言できない可能性を指摘している。つまり,被援助者の意図を探ることではじめてその学業的援助要請が適切なものか,不適切なものなのかがわかるのである。よって本研究では,援助対象者との関係性や援助者の個人特性,社会的特性から,どのような意図で決定した援助要請スタイルであるかを考慮しながら考察していく。
2−2. 学業的援助要請スタイルの決定に影響する要因
では,学業的援助要請スタイルの決定には,どのような要因が影響を及ぼしているのだろうか。学業的援助要請スタイルの決定に関わる要因については,様々な要因が考えられる。
個人特性としての要因では,達成目標やコンピテンスの認知による学業的援助要請への影響が検討されている。達成目標について,野ア(2003b)は,遂行目標志向の高さが他者からの脅威の態度を媒介し,要請回避や依存的要請の促進に影響することを明らかにした。一方で,「自分の力だけで課題解決をしたい」など自律性の態度を媒介したときは適応的要請を促進させる効果があることも明らかにした。次に,学業的援助要請とコンピテンスについて,野ア(2003a)によると,コンピテンスやコンピテンスの認知が低い学習者は,高い学習者よりも援助の必要性が高いために,学業的援助要請をより行う傾向にあるという。しかし,援助が必要であるという条件下では,コンピテンスやコンピテンスの認知の高い学習者の方が低い学習者よりも他者からの脅威を感じにくいという傷つきやすさ仮説に基づく理由より学業的援助要請をより行う傾向にあると述べている。
また,学業的援助要請は他者との関わりで成立する行動である。そのため,個人特性だけでなく,社会的特性にも着目する必要がある(野ア,2003a)。野ア(2003a)は,社会的コンピテンスの低さが友人からの脅威の高さを媒介として学業的援助要請の回避傾向に影響するという研究結果から,教師や友人をはじめとする対人関係に自信のない生徒は援助を要請する相手や周囲の者から自分がどう思われているかという不安を抱きやすく,意図的に学業的援助要請を差し控える傾向にあると述べている。
学業的援助要請スタイルの決定に影響を与える要因について,多く研究されている個人特性だけでなく社会的特性からの影響も大きく受けていることから,社会的特性の要因からの影響の検討は意義のあるものであると考える。
さて,そういった社会的特性の一つとして「仮想的有能感」がある。仮想的有能感とは,「自己の直接的なポジティブ経験に関係なく,他者の能力を批判的に評価,軽視する傾向に付随して習慣的に生じる有能さの感覚」と定義されるものである(速水・木野・高木,2004)。小平・小塩・速水(2007)によると,仮想的有能感の高い生徒は,対人関係においてとりわけ負の感情,さらには敵意感情までをも抱いているという。そのような負の感情は,行動面においても影響を及ぼすことが考えられ,仮想的有能感の高さは援助要請に影響を与えると推察される。
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