3. 仮想的有能感について


 仮想的有能感とは,「自己の直接的なポジティブ経験に関係なく,他者の能力を批判的に評価,軽視する傾向に付随して習慣的に生じる有能さの感覚」と定義されるものである(速水・木野・高木,2004)。仮想的有能感は現代の若者の心性を表現する概念として提唱された(速水,2006)。速水(2006)によると,仮想的有能感そのものは意識されていない無意識的なものであり,直接とらえにくいという。そのため,質問紙で測定する際は,他者軽視の傾向を測定し,他者軽視の強さに対応して仮想的有能感が存在していると考えられている。速水他(2004)はその考えに基づき仮想的有能感尺度の作成を行い,仮想的有能感の測定を行っている。しかし,仮想的有能感を測定した際,他者軽視傾向が高いという結果だとしても,それがこれまでの経験によって自らの能力を高く評価している場合,仮想的有能感が高いとはいえない(速水,2006)。仮想的有能感は,自己のポジティブな経験から他者を低く評価するのではなく,自己の経験に関わらず身勝手な理由から他者を低く評価するものだからである。そこで,より典型的な仮想的有能感を持つ個人を抽出するため,仮想的有能感尺度と自尊感情尺度を併用し,有能感を4つに分類することが提案されている(速水他,2004)。他者軽視傾向が高く,自尊感情が高い「全能型」,他者軽視傾向が低く,自尊感情が高い「自尊型」,他者軽視傾向が低く,自尊感情も低い「萎縮型」,他者軽視傾向が高く,自尊感情の低い「仮想型」の4つである。「全能型」は,自尊感情の高さから他者軽視する人や,さらに高い自尊感情を持とうと他者軽視する人が含まれるとされる。「自尊型」は,自尊感情の高さだけが有能感に反映されていると考えられる。「萎縮型」は,自分を小さく他者を大きく捉えるため,自分に自信がもてず,間違いをすべて自分のせいにするとされる。また,最も無力感が強いと予想される「仮想型」は自分にも他人にも不満を感じ,自身への否定的な評価を補償しようと,他者を批判することで有能感を高めようとするとされる(石黒・榎本・山上・藤岡,2016)。石黒・榎本・山上・藤岡(2016)は,この分類方法を採用し研究を行い,仮想的有能感の測定を行っている。本研究では,仮想的有能感尺度を用いて研究を進め,より典型的な仮想的有能感を持つ個人を抽出したい際に仮想的有能感を4つに分類し分析を行うこととする。

3−1. 仮想的有能感が対人関係に及ぼす影響について

 伊田(2008)は,仮想的有能と他者との関係について研究を行っている。その結果,仮想的有能感と「自分にとってプラスになる人とだけつきあいたい」のような項目が含まれる安楽志向との間で有意な正の相関がみられた。また,仮想的有能感と集団志向では負の相関がみられているが,有能感の4類型でみた場合は,仮想型は集団志向が高いことが明らかになった。箕浦・成田(2009)は,有能感タイプと所属欲求との関係を検討し,仮想型は所属欲求が高いにも関わらず,被受容感や被拒絶感が高いことを明らかにした。

 また,山本・速水・松本(2008)は,教師と生徒の関わり方と仮想的有能感の変動について,教師が生徒のことを理解しようと関わった生徒の仮想的有能感は1年の間で低下した人が多く,逆に教師が関わろうとしなかった生徒に関しては仮想的有能感が高くなった人が多かったと報告している。このことから,教師の生徒への関わり方によって仮想的有能感が変動することが推察される。


3−2. 援助要請と仮想的有能感の過去の研究結果について

 援助要請と仮想的有能感について,岡本・新田(2018)は,仮想的有能感尺度を使用し援助要請傾向との関係を明らかにした。その結果,援助要請の回避傾向と他者軽視との間に弱い正の相関があること,援助要請の過剰傾向と他者軽視との間に弱い負の相関があることを示している。また,石黒他(2016)はより典型的な仮想的有能感との関連をみるため仮想的有能感を4類型に分類し,援助要請傾向との関係を明らかにした。ここでの結果も,仮想型において援助要請の回避傾向が高いこと,援助要請の自律傾向が低いことを示している。これらから,仮想的有能感が高い人ほど,援助要請を控えやすいことが示唆される。一方で,安達(2020)では,仮想的有能感尺度を使用し研究を行い,仮想的有能感の高さが教師への学業的援助要請に対して,自律的・依存的いずれの援助要請にも正の影響を与えていることを明らかにした。この研究により,先行研究とは異なり,教師に対する学業的援助要請について,仮想的有能感の高い生徒は回避よりもむしろ適応的あるいは依存的な援助要請をしやすいという結果が得られた。先行研究とは異なる結果が得られたことについて,援助要請の内容が学習に限られた点や援助者が教師に限られた点などが挙げられる。そこで本研究では,援助者が教師に限られたという点に着目し,研究を進めていく。中井・庄司(2008)の生徒の教師に対する信頼感尺度を使用し,仮想的有能感の高さが教師に対する信頼感にどのように影響し,学業的援助要請スタイルを決定するのかを検討していく。


3−3. 仮想的有能感と教師の信頼感・教師認知について

 速水他(2008)は,仮想的有能感に影響する生徒と教師の関係について,仮想的有能感の変化量と教師関係安定感の変化量に有意な負の影響を見出し,教師との安定感が高まると,仮想的有能感が低下することを明らかにしている。箕浦・成田(2009)によると,仮想的有能感の高い人は,所属欲求が高く,被受容感が低いとされる。安達(2020)は,箕浦・成田(2009)の研究結果から,仮想的有能感の高い人は,所属欲求の高さから他者からの受容感を求めるが,他者軽視傾向があるため他者からの受容に失敗し被受容感が低下しやすいと考察している。したがって,教師との安定した関係から教師からの受容を感じられれば,被受容感が満たされ,仮想的有能感が低下すると考える。つまり,仮想的有能感が高い人は,教師との関係の中で信頼感を得ると,信頼感が影響し適応的援助要請を行うと推察される。

 また,仮想的有能感と教師との対人関係について,上述したように教師が生徒のことを理解しようと関わった生徒の仮想的有能感は低下傾向にある。生徒のことを理解しようと関わるとは,「長所を伸ばす」「適切な役割を与える」など,教師が生徒のパーソナリティ等を理解した上で援助や指導を行うことである。仮想的有能感の高い人は対人関係において,負の感情を抱くことが明らかにされている。つまり,教師との対人関係では,はじめは負の感情を抱いているが,教師による生徒のことを理解しようとした関わりの中で,教師への信頼感が高まるとともに仮想的有能感の低下がみられると考えられる。では,仮想的有能感が高い生徒は,このように自分を理解しようとしてくれる教師のことを「どのような教師である」と認知しているのだろうか。仮想的有能感が高い生徒が信頼を抱いていた教師の特徴を探ることで,どのような教師が仮想的有能感の高い生徒との関わりに効果的かが明らかになるだろう。そこで,本研究では,三島・宇野(2004)の教師認知尺度を使用し,仮想的有能感が高い生徒が信頼を抱いていた教師の特徴について探っていく。



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