5.他者とのかかわりについて
さて,努力をする時には,携わった人物がいるだろう。努力経験中に,携わった人物からサポートを受けることによって,その努力経験の捉え方に影響を与えるのではないかと考えられる。そこで,成果につながらなかった努力経験の中で,その経験に携わった人物について着目する。
小川(2018)は,中学生,高校生,大学生を対象に,親密な友人間で生じるテスト失敗場面での効果的な慰めについて研究した。その結果,テストに落ち込んでいる友人がいた場合,何もできなくてもそばに寄り添うことが効果的な慰め方であり,慰めと情緒的サポートとの関連を指摘している。情緒的なサポートとは,問題に直面している人の傷つきや喜びなどの,情緒面に働きかけ,行動や考えを是認するサポートを意味する(浦,1992)。また,小川(2018)は,慰めの種類として,励ましや共感を伝える言語的行動や,肩をたたくや抱きしめるといった非言語的行動について取り上げ,慰めは親密な相手との間で生じやすく,互いの親密さを確認する機能や,さらに関係を深める機能があると指摘する。特に不安や葛
藤を経験しやすい青年期では,友人の慰めが青年のストレスの軽減や適応に果たす役割が大きいことを示唆している(小川,2008)。
小川(2008)の研究では,テスト失敗場面での携わった人物に着目しているため,「成果につながらなかった」という結果があって,その後,他者がどのように携わったかという点を重要視している。しかし,他者の携わりは,成果につながらなかったという結果に表れる以前の段階,つまり,成果につながらなかった努力経験中においても,他者の携わりが大きな影響を与えているのではないかと考えられる。そこで本研究では,成果につながらなかった努力経験中の他者の携わり方に着目し,努力経験に携わった人物の影響と,成果につながらなかった努力経験をどのように捉えるかの関連について検討する。
また,他者のかかわりは,達成行動における動機づけにも大きく関連していると考えられるものである。従来の達成動機づけの研究は,内発的動機づけの研究に代表されるように,自らの興味関心に従って課題に従事する動機づけを重視しており(伊藤,2006),自己決定し主体的に「自分のため」に達成行動に向かうことが望ましいとされてきた(伊藤,2004)。しかし,日常場面においては,他者が課題遂行に対する重要な役割を果たす状況が多く認められる(伊藤,2006)。例えば,達成場面において,「支えてくれた家族のため」や「応援してくれる仲間のため」という動機が語られている(伊藤,2004)。このように,日常場面においては,他者の存在や携わり方が肯定的な影響を及ぼすことから,大きく関連しているのではないかと考えられる。
他者志向的動機とは,「自己決定的でありながら,同時に人の願いや期待に応えることを自分に課して努力を続けるといった意欲の姿」と定義される(伊藤,2012)。「親を喜ばせたい」や「期待に応えたい」といった他者との一体感の中で,他者の意向や気持ちを汲み取った形での動機づけであり,「自分のため」に達成行動に従事する自己志向的動機と対置される(伊藤,2012)。
伊藤(2006)は,大学生を対象に,最も努力した経験における他者志向的動機の現れ方について研究し,「他者」と関連する動機づけ要因として,「他者の支え・サポート・アドバイス」「一緒に努力している人の存在」「良好な他者との関係」という回答が多くあげられたことから,他者からの支えや励ましに対する反応,周囲の人が自分と共に同じ目標に向けて努力している姿勢に対する反応,あるいは他者の感情に配慮した動機づけの中に,他者志向的動機の存在が認められたことを明らかにしている。
伊藤(2006)の研究結果から,成果につながらなかった努力経験においても,他者とのかかわりの中で他者志向的動機が現れることが,成果につながらなかった努力経験であっても,努力経験を肯定的に捉える要因の一つになるのではないかと考えられる。そこで本研究では,成果につながらなかった努力経験中の他者の携わり方に着目し,他者志向的動機の現れが,成果につながらなかった努力経験の捉え方へあたえる影響についても検討する。
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