3.マインドセットについて
成果につながらなかった努力経験をどのように捉えるかは,成果につながらなかった時の心の在り方と,成果につながらなかった努力経験をどのように個人が受け止め,どのように次に生かそうとするのかが大きく関連しているのではないかと考えられる。成果につながらなかった時に,自分の知能や人間的資質,才能や適性から,成果につながらなかった努力経験をどのように考えるのかというものが,マインドセット(=心のあり方)である(ドゥエック,2008)。ドゥエックが述べるマインドセットは二種類ある。一つは,能力は生まれ持ったもので固定的で変わらないと信じる人(=「こちこちマインドセット」の人)である。こちこちマインドセットの人は,自分の能力を繰り返し証明する。知能や人間的資質,徳性は一定で変化しないものだと認識し,人間として自分がまともであることを繰り返し証明する。また,こちこちマインドセットの人は基本的な特性に欠陥があると認識しないようにする(ドゥエック,2008)。もう一つは,持って生まれた才能,適正,興味,気質は一人ひとり異なるが,努力と経験を重ねることで,誰でもみな大きく伸びていけるという信念を持つ人(=「しなやかマインドセット」の人)である。しなやかマインドセットの人は,うまくいかないときにこそ粘り強く頑張るのが特徴である(ドゥエック,2008)。
また個人の持つ知能に対する考え方は,失敗や困難を経験した後の,課題に対する動機づけの違いをもたらすといえる(上淵,2003)。この知能に対する考え方は,「暗黙の知能観(ドゥエック, 1998)」と呼ばれ,知能とは何かという問いに対する個人の解答のことをさす(上淵,2003)。個人が選択する暗黙の知能観の違いが,達成場面で生まれる感情や行動のパターンを左右するとされている(上淵,2003)。ドゥエックの考える暗黙の知能観は,増大的知能観と実体的知能観の二種類である。ドゥエックの暗黙の知能観を基にして,マインドセットの考え方が形成された。増大的知能観はしなやかマインドセットに,実体的知能観はこちこちマインドセットに,それぞれ相当する考え方である。増大的知能観とは,知能は柔軟なものであり,自身の努力によって成長させることが可能という考えである。増大的知能観を持つ者にとって,困難や失敗の経験は,問題に対して以前とは異なる方法での対処が必要である,という情報として機能する。その結果,異なる方略を用いた解決が動機づけられるため,ネガティブな感情が生まれにくく,失敗の原因を自身の努力不足に帰属する傾向がある(藤井,2010)。一方,実体的知能観は,知能の量は固定的であり,自身での制御は困難とする考えである。実体的知能観を持つ者にとって,困難や失敗の経験は,自身の持つ能力が低いということを周囲に露呈した,というネガティブな情報として機能し,ネガティブな感情が生起しやすい(藤井,2010)。また,失敗の原因を自身の能力不足に帰属する傾向があり,後続の課題への動機づけが低下し,回避的になる(ドゥエック,1988)。実体的知能観のように,能力を固定的に考える世界では,つまずいたらそれでもう失敗になる。それに対し,増大的知能観のように,能力を伸ばせると考える世界では,成長できなければ失敗になる。実体的知能観のように,能力を固定的にみる世界では,努力は忌まわしいこととみなされる。挫折と同様に,頭が悪くて能力に欠ける証拠だからである。頭が良くて才能があれば,そもそも努力する必要がないと考える。それに対し,増大的知能観のように,能力を伸ばせると考える世界では,努力こそが人を賢く有能にしてくれる。どちらの世界を選ぶかは個人の自由であり,マインドセットは信念にすぎない。結局は心の持ちようであり,それを変える力は,個人が持っているものである(ドゥエック,2008)。
成果につながらなかった(=失敗)をどのように捉えると,努力したという過程に意義を見出し,ポジティブに捉えることができるのか。成果につながらなかった努力経験をしたときに,「私は失敗した」というひとつの出来事に過ぎなかったものとして認識するのか,または「私は失敗者だ」と考え,この先もずっと失敗者であると認識するのか,マインドセットの持ちようは,努力経験をどのように捉えるのかと大きく関連していると考えることができる。
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