2.不適切の怒り感情表出の問題
不適切な怒り感情表出の方法の一つとして「キレる」ということが挙げられる。「キレる」といった不適切な怒り表出行動の原因の一つとして,怒りやすい性格を持っているということが挙げられるだろう。しかし,宮下・森崎(2004)は,近年学校教育において「キレる」のような自分をコントロール出来なくなり,衝動的な行動をとってしまう「いきなり型」の非行が問題になっていると述べており,また内閣府(2001)によると,「いきなり型」の非行は,いわゆる一見おとなしく目立たない「普通の子」に生じていることが指摘されている。つまり,怒りやすい性格を持っているわけでなく,普段は落ち着いたおとなしい性格の子供であっても,急にキレたり,非行に走ってしまったりすることがあるということである。そして筆者は,このことは子供だけでなく大学生や大人でも起こるのではないかと考えている。田中・東野(2003)は,「キレる」とは,慢性的なストレス状態において,他人からの不快刺激を受けることにより衝動的・突発的に,怒り感情が攻撃性の行動となって表出され,常軌を逸した攻撃行動を起こすことと述べている。ここから「キレる」という現象の背景に,慢性化したストレスが存在することが考えられる。大渕・小倉(1984)は,人が怒り感情に伴って,道具的反応として示す行動の願望率と実行率を明らかにしている。道具的反応の中でも直接的攻撃行動と非攻撃的行動は,ともに9割以上の実験参加者が行動を起こすことを望んでいた。しかし実際には,直接的攻撃行動は参加者の6割しか実行せず,一方非攻撃的行動は参加者の9割以上が実行するという結果となった。つまり,人は怒り感情を抱いた際,相手を身体的または言語的な攻撃をしたいという願望と,相手に怒りを伝えたくないという願望の両方が発生する。しかし実際には,相手に怒りを伝えないという行動をとる人が多く存在し,人は怒りの表出をしない傾向があると言えるだろう。また,Argylep,Henderson,Bond,Iizuka,& Contarello,(1986)によると,日本の集団文化が要因となり,日本人はイギリス人などに比べて,他者に対して怒りの表出を抑制する傾向が高いことが指摘されている。そして,大石(1998)によると,「キレる」とは,個人が感じているものを内面に抑え,周りに合わせ続けることで,周囲に配慮するという我慢の限界を超えてしまうことであると述べられており,また竹端(2015)は「キレる」とは,自己の感情を抑えながら,周囲に合わせることで,慢性的なストレス状況に晒されている状態にあることだと述べている。つまり,日本人が怒りを相手に表出せず溜め込みストレスを抱える傾向が高いこと,また怒りやすい性格でなく普段おとなしく落ち着いた性格である人が,怒りを感じた際に周りを気遣って怒りを表出せず,ストレスを過剰に溜め込んでしまうことが,近年問題になっているいきなり型の「キレる」等の不適切な怒り表出行動の問題の要因になっていることが考えられる。周りの人に合わせて自分の怒り感情を抑えるという行動はストレスの原因となり,不適切な怒りへの対処行動であると考える。
そして怒り感情を抑える行動を取る人の傾向として過剰適応傾向が挙げられるだろう。竹端(2015)では,過剰適応傾向が高い人は,怒り感情の表出を抑制し,感情表出の我慢からキレ衝動が高まった後に不適切な感情表出行動をとってしまうという問題がある事を明らかにしている。そこで本研究では,不適切な怒りへの対処行動である怒り感情を表出せず,自分の中に抑えるという行動に着目する。
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