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3.過剰適応傾向と自尊感情


 北村(1965)によると,適応とは,もともと社会的・文化的環境への適応を表す「外的適応」と心理的な安定や満足といった適応を表す「内的適応」のバランスが取れた状態を指すと捉えられてきたと述べている。そして桑山(2003)は,過剰適応的な状態とは「外的な適応が過剰なために,内的適応が困難に陥っている状態」であると述べている。つまり過剰適応とは,周りの人との関係を一番に考え,関係を維持するために外的適応的な行動をとり過ぎることによって,自分のことを一番に考えることが出来ず,内的適応が低下してしまっている状態のことを言う。益子(2010)は,過剰適応傾向を「対人関係や社会集団において,他者の期待に過剰に応えようとするあまりに,自分らしくある感覚を失ってしまいがちな傾向」と定義している。そして,過剰適応者は他者から承認を得たいと思っており,他者との関係が失われることを不安に思っていると述べている。つまり過剰適応傾向の高い者は,周りに嫌われたくない気持ちから他者の評価に合わせた行動をとるようになる。ここからありのままの自分を出すことを抑制するようになるため,過剰適応傾向は自分らしさを失う特徴を持つ傾向であると言えるだろう。
 また,過剰適応傾向と自尊感情の間には関連があることが先行研究から明らかになっている。Deci & Ryan(1995)によると,自尊感情は随伴性自尊感情と本当の自尊感情の二種類の自尊感情から存在することを明らかになっている。ここから,人々はありのままの自分を受け入れることで得られる本来感と,他人から褒められたり他人との関係を維持したりすることなどの他者からの評価によって得られる随伴性自尊感情の二つの側面からで自尊感情を保っていることが分かる。伊藤・小玉(2005)はこのうちの本当の自尊感情を本来感と呼び,内的適応の指標にしている。また益子(2009)は,外的適応行動の過剰さにより随伴性自尊感情が高まる一方,本来感は低下することを明らかにしている。つまり,過剰適応傾向の高い人は外的適応が高いことから随伴性自尊感情が高く本来感が低いため,自尊感情のほとんどが他者からの評価によって保たれている。そこから他者から評価されない自分や他者から嫌われている自分には価値がないと感じている可能性が高い。そのため過剰適応傾向の高い人は,周りの人から嫌われたくないと考えており,その思いからさらに他者から嫌われないよう他人に合わせた行動を取る傾向がさらに高くなると予測することが出来るだろう。また他者からの評価は常に得ることが出来るとは限らず,随伴性自尊感情を安定して保つことは難しいと考えられ,過剰適応傾向の高い人の自尊感情は不安定的なものであると考えることが出来るだろう。

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