5.アンガーマネジメント
5-2.過剰適応傾向とアンガーマネジメント
自分自身の怒り感情をコントロールすることを目的としたアンガーマネジメントの実践研究が多くなされているが,過剰適応傾向の高い人に対してこのようなアンガーマネジメントを行うことは必ずしも有効とは言えないのではないだろうか。過剰適応傾向の高い人は怒ることを抑制しすぎる傾向にある。そのため自分自身の怒り感情をコントロールすることに焦点を当てたアンガーマネジメントではなく,怒り感情を抑制し過ぎないためのアンガーマネジメントや,上手く怒ることを目的とした,つまり抑制していた怒り感情を適切に表出できるようになるためのアンガーマネジメントをする必要があると考えられる。しかし,過剰適応傾向の高い人に対して,安易に怒り感情の表出を促進させることは,自己防衛機能の役割を持っている外的適応行動を低減させることにつながるため問題がある。
益子(2013)は,過剰適応傾向の高い人の,周りの人の期待に応えたり自己主張を抑制したりして,他者との関係を維持する「関係維持・対立回避的行動」に着目している。周りとの関係を維持し周りから評価されることで自尊感情を保っている過剰適応傾向の高い人は,周りに合わせる行動を取り上げられてしまうと,他者からの評価を得ることが出来なくなってしまう。その結果,過剰適応傾向の高い人はもともと本来感が低いため,随伴性自尊感情も得ることが出来なくなり,自尊感情が崩壊してしまうだろう。過剰適応傾向の高い人にとって,周りの人に合わせるという行動は,自分を守るための行動であるため,その行動を奪ってしまうような方法は過剰適応の人の不適応をさらに加速させてしまう危険性がある。これは怒り場面においても同じことが考えられるだろう。普段周りの人に言わないように我慢している心の中の怒り感情を,安易に表出させることは,「怒らず周りと上手くやっていこう」という自己防衛のための行動を奪い取ってしまうことになり,その結果,もともと低い本来感に加えて随伴性自尊感情までもが低下してしまい,自尊感情が崩壊し,さらに適応感が損なわれてしまうという可能性が考えられる。そのため安易に怒り感情を周りに伝えましょうというようなアンガーマネジメントプログラムを行うことは逆効果であると考えられる。
また,前田・重橋(2019)によると,過剰適応傾向の高い人の中には自分の感情に気付けていない群が一定数いることがわかっている。つまり周りからの評価を一番に考え行動するため,相手のことばかり考えるようになり,自分の怒り感情を大事に出来ず感情を意識化出来なくなっている可能性が考えられる。本来なら自分の気持ちを一番に優先し,自分のしたいことや嫌なことなどを相手に伝えることが望ましいが,過剰適応傾向が高いと,周りに合わせることに精一杯で,自分が何をしたいのか,また自分がどう思っているかなどに気づけなくなってしまっている可能性があるだろう。
また自分の怒りの感情に気付いた後に,その感情を表出するべきかどうかという葛藤が起こることが考えられる。過剰適応傾向が高い人は「怒りを出すことで周りに嫌われるかもしれない」という認識から,「怒りの感情表出はするべきではない」「怒り感情は悪いものである」と怒りに対してネガティブな評価をしている可能性がある。つまり,「怒り感情を表出しても受け入れてもらえないだろう」「怒る自分は情けない」と思っている可能性があると考えられる。そこで,過剰適応傾向の高い人のアンガーマネジメントとして「怒りの感情表出をすると嫌われる」という認識を「怒りの感情を周りの人に言っても大丈夫」「周りの人は自分の怒りを受け入れてくれる」「怒ることは悪いことはない」といった認識へ変化させることが必要であると考える。
そこで,本研究では,まず怒り感情を表出する前段階にある,怒りの感情の意識化を行い,その後,怒り感情に対するネガティブな認識を変化させることを目的としたプログラムの実践を行う。その際,過剰適応傾向の高い人が抱える自尊感情の崩壊という問題の側面についても検討しながら実践を行い,効果の検証を行う。
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