8.ロールレタリング
ロールレタリングは日本語で役割交換書簡法と言われる。ロールレタリングとは,ゲシュタルト療法の椅子の技法にヒントを得て,手紙方式に応用されたものであり,和田英隆によって自己洞察の一つの技法として発表された。春口(1995)は,ロールレタリングとは,「自分自らが,自己と他者という両方の視点に立ち,役割交換を重ねながら,双方から交互に相手に手紙で伝える。この往復書簡を重ねることで,相手の気持ちや立場を思いやるという形で,自らの内心に抱えている矛盾やジレンマに気づかせ,自己の問題解決を促進する方法」であると定義づけている。
春口(1991)によると,ロールレタリングには七つの臨床的仮説が存在する。まず一つ目が文章による感情の明確化である。実際に自分の考えや感情を上手く表現できたと感じることで,自分の考え方や思いがはっきりわかるようになる。二つ目が自己カウンセリングの作用である。感想文や作文とは違い,自分と相手の二者の立場に立ち,それぞれの気持ちや考えを相手に訴えるという仮想の書簡文であるのがロールレタリングである。そのためこの手紙は自分が差出人でありながら受取人となる。曖昧であった感情や浅薄にみられる衝動的行為が手紙を書くことで明文化され,往復書簡を重ねるにつれ,自己の問題に気づき,未熟さを改めさらに成長する方向へと進む。三つ目がカタルシス作用である。ロールレタリングは相手の目に触れず,相手からの反論はなく,思うように自分の心情を書くことが出来る。目の前にいない相手に対し,それまで抑えてきた感情を思い切り訴えると,その後は相手への理解と受容を示すことが多くその意味でカタルシスの効果が期待される。四つ目は対決と受容である。ロールレタリングでは手紙を書く上で役割交換をし,相手の立場に身を置いたのちにこれを受容する立場になることで,相手からの敵意など否定的な感情は素直に受容できないという事を経験する。ここでアンビバレンスが生じるが,役割交換を重ね自己による対決を重ねるにつれ,相手の身になっての洞察が深まり,そこから他者受容がされるようになる。五つ目は自己と他者,双方からの視点の獲得である。ロールレタリングを通して初めて相手の気持ちを分かっていないことに気付くことがあり,自分の中に相手の目を持ち,その目で自・他を見直し,人間関係を客観視することが出来るようになる。六つ目はロールレタリングによるイメージ脱感作である。ロールレタリングを重ねることによってイメージが想起され,誤った自己のイメージは客観的,妥当的,事実評価的なイメージへ変化させることが出来る。七つ目は自己の非論理的,自己敗北的,不合理な思考に気付くことである。精神的に混乱した人は,自分自身に非論理的な語り掛けをしていることに気付いていない。ロールレタリングによって,自己と他者から訴え,語りかける過程で,非論理的,不合理で自己敗北,自傷的な思考を繰り返してきたことに気付くことが出来る。この七つの意味でロールレタリングは心の問題に対して治療を行うことが出来る。本研究では七つの内の特に三つ目のカタルシス作用と,七つ目の自己の非論理的,自己敗北的,不合理な思考に気付くことを重要視し,ロールレタリングを用いた介入研究を行う。普段,怒り感情を相手に伝えない人は,相手の目に触れない手紙に自分の感情を書き出すことでモヤモヤしている気持ちがスッキリし,その返事を相手の立場で考えることによって,相手への理解が深まると考える。また,嫌われる自分には価値がなく,怒り感情を伝えると嫌われてしまうと考えている人が,ロールレタリングで相手の立場に立ち手紙を書くことにより,相手から怒りを伝えられても相手のことが嫌いになるのではない,別の感情を経験することで,「怒りを伝えると嫌われる」と言った非論理的な考え方に気付くことが出来きるのではないかと考える。
また手紙を書く際には様々な相手に対して書くことが出来るが,普段自分の感情を伝えられない人にとって,関係の浅い人に対して自分の怒り感情を伝えることは難しい。関係の浅い人に対して自分の怒り感情を伝えるよりも,身近な人や信頼している人を想定して手紙を書く方がリラックスして手紙を書くことが出来,また自分の気持ちを受け入れてもらえると感じやすいのではないかと考える。また関係が浅いと返信を書く際に相手の立場に立ち,相手がどのようなことを返信に書くかを想像しにくいだろう。
そこで本研究では,身近で信頼できる相手に対して怒りを感じた場面に限定し,怒りを感じた相手に対するロールレタリングを行う。
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