総合考察
本研究では,怒り感情を表出しない傾向があり, 随伴性自尊感情が高く本来感が低い人が,怒り感情を表出できるよう,自尊感情を維持したまま,「怒りは悪いものだ」という怒りに対するネガティブな認識を変化させることを目的としたアンガーマネジメントプログラムを実施し,効果を検討することを目的とした。そこで本研究では,アンガーマネジメントプログラムを実施し,自尊感情と怒りに対する認識にどのような影響を及ぼすか検討した。まず,アンガーマネジメントプログラムを作成した。第一に,角田(2018)を参考に個人場面に活用できるセルフプロセスレコードを作成した。身近な人や親しい人に焦点を絞り,その相手に対して怒った場面やイライラした場面の振り返りを行う。第二に,振り返った場面でイライラした相手に対するロールレタリングを行う。この2つの筆記課題をアンガーマネジメントプログラムとした。アンガーマネジメントプログラム実施前後において,随伴性自尊感情として伊藤・小玉(2006)の自己価値の随伴性尺度,本当の自尊感情として伊藤・小玉(2005)の本来感尺度を用い,自尊感情を測定し,怒りに対する認識として奥村(2008)の情動への評価尺度(怒り)を用い,怒りに対する認識を測定した。
アンガーマネジメントプログラムが怒り感情を表出しない傾向がある人に対して効果を持つかを検討するために,怒り感情を表出しない傾向の違いにおける,アンガーマネジメントプログラム実施時期と怒りに対する認識において二要因分散分析混合計画を行った。その結果,怒りを表出しない傾向に関わらず,アンガーマネジメントプログラムが怒りの認識の他者懸念をポジティブな認識へ変化させる効果を持つことが明らかとなった。Trianclis(1994)は,日本の集団主義文化に和を強調する特徴があることを指摘しており,ここから日本人は怒りを溜めこむ傾向が高くても低くても他者懸念が高い可能性が考えられ,そのため怒りを溜め込む傾向に関わらず効果が現れたことが推測される。一方,必要性と負担感には効果が見られなかった。よって本研究のプログラムは怒りの認識の中でも他者懸念においては,怒り感情を表出する傾向が高い人,また怒りを表出する傾向が低い人のどちらも対象とすることが可能なプログラムであると言えるだろう。
次に,怒りの認識変容プログラムが,随伴性自尊感情が高く本来感が低い人に対して効果を持つかを検討するために,自尊感情の傾向によって5つに群分けを行い,群において,プログラム実施時期と怒りに対する認識に二要因分散分析混合計画を行った。その結果,他者懸念の,時期において有意な主効果が見られたことから,自尊感情の傾向にかかわらずアンガーマネジメントプログラムが他者懸念を低減させる効果が明らかとなった。また必要性において有意な交互作用が見られ,単純主効果の検定の結果,不安定群で必要性が有意に上昇し,安定群で必要性が有意に低減していた。春口(1991)によると,ロールレタリングは自己と他者の視点の獲得や,自己の非論理的,自己敗北的,不合理的な思考に気付くという効用を持つ。本研究でのロールレタリングでは,相手の視点に立ち手紙を書くことで,自分が怒ると相手は自分に対してどう感じるかを仮想的に経験することで,怒りに対する認識の変容を促すことをはかった。他者懸念においては,怒ることで周りに嫌われるかもしれない等の思考から形成される「怒りは悪いものだ」「怒りを感じるのはみじめだ」という認識が,怒られた相手は怒った自分の印象を想定していたよりも悪く思わないというロールレタリング上での経験をすることにより,「怒りは思っているよりも悪いものではない」と認識が変化したことが考えられる。そのため,どんな自尊感情の傾向を持っていたとしても,他者懸念に効果が見られたと推測される。
必要性に関しては,不安定群は,随伴性自尊感情が高く本来感はほぼ平均といった自尊感情の傾向を持ち,随伴性自尊感情が低いため普段は怒りを伝えないと予測できるが,相手の視点を経験することで,「怒ることは必要ない」という認識から,怒り感情を表出すれば相手が態度を改めてくれるかもしれないという認識に変化したのではないかと推測できる。過剰適応群は本来感がかなり低く,自分の気持ちを上手く書くことが出来なかった,また相手の視点を経験しても,嫌われたくない不安が強く,必要性が変化しなかったことが考えられる。桑山(2003)は,過剰適応とは外的な適応が過剰なために,内的適応が困難に陥っている状態であると述べている。外的適応行動が高いと随伴性自尊感情が高くなること,また本来感が内的適応の指標とされていることから,随伴性自尊感情が高く本来感が低い人は過剰適応傾向の高い人と自尊感情の傾向が似ていると言え,随伴性自尊感情が高く本来感が低い人を過剰適応群とした。ここから過剰適応群において,他者懸念においては効果が見られているため,本研究のアンガーマネジメントプログラムは,他者懸念において,随伴性自尊感情が高く本来感が低い人を対象とすることが可能であると言えるだろう。また必要性においては,随伴性自尊感情が高いが本来感は平均程あるという過剰適応の傾向が少し緩い人を対象とすることが可能であると考えられる。
また,アンガーマネジメントプログラム実施前後において,自尊感情を低減させず維持することが出来ているか検討するためt検定を行ったところ,随伴性自尊感情と本来感ともに有意に変化しておらず,低減している様子が見られなかった。本研究のアンガーマネジメントプログラムでは,ロールレタリング上において怒り感情を表出したため,益子(2010)が提案している,外的適応行動を維持した状態で行われたプログラムであった。また春口(1991)によると,ロールレタリングはありのままの感情と思考の表現が許容されるという特徴を持っており,随伴性自尊感情と本来感が低減されなかったと推察される。よって本研究のプログラムは随伴性自尊感情が高く本来感が低い自尊感情が不安定な人を対象とすることが可能であると推測することが出来る。そして自尊感情が低減されないことから,過剰適応傾向の高い人に対しても有効なアンガーマネジメントプログラムであると考えることが出来る。また,怒りの抑制において,アンガーマネジメントプログラム実施時期と自尊感情において二要因分散分析混合計画を行った。その結果,本来感において有意な交互作用が見られ,単純主効果の検定の結果,怒りの抑制高群で本来感が有意に上昇した。怒り抑制高群は,鈴木・春木(1988)のSTAXIの項目から「怒りを抑える」「怒っていても外にあらわさない」等の特徴を持っていることが分かり,また本来感がとても低かった。本研究のプログラムを通して,相手を気にして自分の感情を抑え込まなくても,相手はありのままの自分の怒り感情を受け入れてくれると感じた参加者が多く存在し,この経験が本来感を上昇させた要因であると推測することが出来るだろう。益子(2010)は過剰適応の緩和に,過剰な外的適応行動を維持しながら本来感を高める要因について検討することが有益であると述べており,怒りの抑制が高く過剰適応傾向も高い人に対して本研究のプログラムを行うことによって,過剰適応傾向が緩和され,怒り感情を表出するための準備運動となることが考えられるだろう。
以上より,本研究のアンガーマネジメントプログラムは,自尊感情を維持したまま実施することが可能なプログラムであり,また怒りを溜め込む傾向があり,随伴性自尊感情が高く本来感が低い人を対象として,他者との関わりにおいての怒りに対する認識をポジティブに変化させる特徴を持つプログラムであると言えるだろう。
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