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提言


 集団文化の影響から,日本人は周りの人との平和を保つ意識が非常に高く,周りを気遣い,自分の意見や気持ちを相手に伝えない傾向が高い。自分の意見や気持ちを伝えることで周りの人に嫌われるかもしれないと,相手の反応を過剰に気にし,不安を抱える過剰適応傾向が高い人が多く存在する。特に怒り感情はネガティブなイメージを持ちやすく,過剰適応傾向に関わらず,怒りを我慢する人は多く存在するだろう。怒り感情の表出を我慢することは,私たちにとって大きなストレスとなる。そして我慢し続けることで慢性的なストレスを抱えることとなり,そのストレスの限界に達すると「キレる」,「物に当たる」,「相手を攻撃する」等の不適切な怒り感情の表出行動を取ってしまうという問題がある。

 従来のアンガーマネジメントでは,不適切な怒り表出行動を抑えるための衝動や怒り感情を抑えるという点に焦点を当てたプログラムが多く存在している。これらのプログラムは,性格特性上怒りやすい人に対して効果があると考えられるだろう。しかし,普段怒り感情の表出を我慢しており,ストレスに耐え切れなくなった末に不適切な怒り表出をする人に対して,このような従来の怒りを抑え込むアンガーマネジメントは,さらにストレスを溜めることにつながり,逆効果となってしまうのではないだろうか。

 怒りを表出しない人は,怒りを我慢することによりストレスが溜まり,不適切な怒り表出を行ってしまうため,まずストレスを取り除く必要がある。そのために怒りの表出を促す必要があるだろう。しかし,周りに怒り感情を伝えない人は,周りに嫌われたくないと考えており,また周りからの反応によって自尊感情を保っている可能性が非常に高い。そのため怒りを伝える訓練を行うことで自尊感情が崩れてしまう可能性があり,いきなり怒り感情を相手に表出させることは適切ではない。「怒りを伝えると嫌われるかもしれない」という不安が高く「怒りは悪いものだ」「怒ることは良くないことだ」と捉えている可能性が高いため,怒りの表出はするべきではないと考えていることが推測される。

 そこで,怒り感情を表出しない傾向が高い人に対して本研究の怒り感情に対するネガティブな認識を変化させるためのアンガーマネジメントプログラムを提案する。
 本研究のアンガーマネジメントプログラムは,怒り感情に対するネガティブな認識を変化させるために,ロールレタリング上で怒りの表出を行い,その後相手の立場になって怒りを表出した自分に対して返信を書く。そのため,自分が怒りを伝えた際に相手がどう感じるかを架空の手紙上で経験することが出来る。このような特徴を持つプログラムを行うことで,相手の視点に立ち,怒りを表出した自分に対する相手の気持ちを知ることが出来る。ここから,「怒りを伝えても,相手は自分のことを嫌わないだろう」という省察が起こりやすいことが推測され,怒りへのネガティブな認識の変化が起こり,怒り感情を表出することにつなげることが出来る。

 近年,学校教育において,普段はおとなしい子供が「キレる」といった,自分をコントロール出来なくなり衝動的な行動を取ってしまう「いきなり型」の非行が問題となっている。いきなり型の「キレる」といった行動は,普段怒りを表さないことによるストレスが原因であることが考えられる。その背景として,学校では「人にやさしくしましょう」,「人が傷つくことは言ってはいけません」など,周りと協調する能力を重視しており,「イライラした時には深呼吸をしましょう」と教育される場面が多く見られることが挙げられる。もちろん協調する力は社会で生きていくためにとても重要な能力である。しかし,怒りを上手く伝える方法については,教育現場であまり浸透しておらず,子供たちは「怒りは抑えなくてはいけないもの」,「怒ることは悪いこと」と感じてしまっていることが予測される。

 そこで,本研究のアンガーマネジメントプログラムを教育現場で活用することを提案する。

 本研究のアンガーマネジメントプログラムの特徴として,取り組みやすいプログラムであることが挙げられる。ロールレタリング上で行うプログラムであるため,実際に子ども達同士の問題を解決するということではなく,筆記課題を一人で行うことで完結する。また授業等で一斉に行うことが出来,手軽に行いやすいプログラムであると言えるだろう。また,本研究では怒り感情の表出をしない人に限らずプログラムの効果を検証し,本研究のアンガーマネジメントプログラムは怒りの表出を行う人に対しても効果を持つことが明らかになっている。クラス全体で行うことによって,怒りの表出の傾向に関わらず「適切に怒りを表出することは良いことだ」と子供たちが認識できるようになり,いきなり型非行の予防的なプログラムとしても活用することが出来るのではないだろうか。本研究のアンガーマネジメントプログラムは,怒りに対するネガティブな認識を変容させるためのプログラムであるため,適切に怒りを表出するためのプログラムと並行して行うことによって,その効果をより高めることが出来るだろう。

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