4.ソーシャルスキル
ここまで要求表現について記述してきたが,どのような要求内容を,どのように表現するかは,日本語としては,ある程度形式的に決まっているという側面もあるが,そういった表現をうまく使うことができる人と,あまりうまく使えていない人がいるように思われる。その違いをもたらす心理学的な変数の一つとして,コミュニケーション上でのスキル,すなわちソーシャルスキルが考えられる。
一般的には,ソーシャルスキルとは対人関係を円滑に進めるための能力のことを指す。相川(2000)によれば,対人関係の目標を達成するために,言語的・非言語的な対人行動を適切かつ効果的に実行する能力と定義している。初対面の人と上手く関わり関係を築く,失敗や周囲とのトラブルを他者と協力して解決しようとする。相手と対話しやすいような信頼関係を築くコミュニケーションを行うなど,ソーシャルスキルを高く持っていると,対人関係の中での関わりが上手くいきやすいといえる。
その上で,ソーシャルスキルが高い人においては,相手との関係性を十分に理解した上で,例えば目上の相手であっても必ずしも丁寧なかしこまった表現を用いなくても,その場にふさわしい柔らかい表現や,親しみやすい表現を用いて,相手にネガティブな印象を与えず円滑なコミュニケーションを取ることが可能と考えられる。スキルが高い人は,丁寧でかしこまった表現が,場合によっては逆に相手との関係を遠ざけたり,距離を取るような感じになったりしてしまうことを理解しており,スキルが高い人は,丁寧表現はむしろしない可能性も考えられる。
ソーシャルスキルが高ければ,自分の意図や感情を相手に上手く伝えられたり,相手との関係性を調整できたり,状況をよく理解できたりするわけであるから,その状況での言葉の使い方の選択や調整も柔軟にできる可能性が高いと考えられる。つまり,目上の人であったり,それほど親しくはない間柄の相手に対しても,会話における親近感や親しみやすさの印象を相手に与えながら,依頼やお願いをすることができるのではないだろうか。親しい友だち同士の会話と比べても,それほど違いはなく,むしろ柔らかい表現が選択されることも考えられる。
本研究では,この点についても検討を行う。すなわち,高いレベルでのソーシャルスキルを持っている人は,相手との関係性をどのように円滑に進めていくかという観点からの判断として,必ずしも丁寧な表現やかしこまった表現であるいわゆる敬語ではなく,対等な関係である友人間で交わされるような柔らかい砕けた感じの日常的な言葉遣いや表現を使いながらも,そのことにより相手に嫌な思いをさせないような表現ができるのではないかと考え,この点についても検証を進めていくことにする。
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