3. 要求表現


3−1. 要求行為

 岡本(2000)によれば,話し手から聞き手に対して要求をするという行為のなかには,話し手が聞き手の負担に配慮をする必要性が求められているという。そして,聞き手が何らかの行動をすることで話し手が利益を得るならば(話し手が何らかの利益を得るために,聞き手が何らかの行動をする),そのことを「要求」の意味ととらえる。依頼,懇願,要請や命令もこの一部に含まれている。聞き手が,もし話し手からの「要求」に従うならば,時間や他の行動をする自由を奪われることになる。また,肉体的,精神的な労力が求められたり,金銭の支出や物品の提供が必要になる場面も多い。そのような要求によって相手に与える負担に対して,私たちは配慮として表現を工夫するというストラテジーを用いているのである。簡潔に言えば,要求をするということは,相手に負担を強いることになるため,そこには配慮がわかる(相手に伝わる)ような表現をする必要があるということである。


3−2. 要求表現の分類

 要求表現にはどういった種類があるのであろうか。Blum-Kulka,House,& Kasper(1989)は,系統の異なる諸言語について,要求表現にはどのようなものがあるのか質問紙調査によって検討を行った。それによれば,どのような言語の場合でも概ね,@直接的な形式,A慣習的な間接形,B非慣習的な間接形(ヒント),という3タイプに分類できるとしている。岡本(2000)による日本語の要求表現は,次のように分類されている。

 @直接的形式 直接的に要求を表現する形式である。「て」,「してくれ」や,敬語を含んだ「てください」などが文末にあたる。

 A慣習的な間接的形式 慣習的な形式を用いて,要求を間接的に表現する(間接形)。例えば,「てくれる?」「てもらえる?」といった授受の補助動詞の命令形や疑問形が挙げられる。また,「ほしい」「もらいたい」といった願望を示す補助動詞なども挙げられる。いずれにせよ,@直接的形式に比べ,間接的形式が要求内容を伝達する意図の表出は比較的緩和されているといわれている。なお,敬語を含まない形式と,含んだ形式がそれぞれ存在する。

 B非慣習的な間接形(ヒント) 周囲の状況や,話し手ないしは聞き手の事情(不足や問題点)について言及することによって,聞き手が推測する文脈的な手がかりとする形式である。例えば,タイヤのパンク修理を聞き手に依頼する意図があったときに,「タイヤがパンクしたんですが。」とタイヤがパンクしているという問題点を指摘するというような表現である。要求する行為について,一部を言及するだけか,それには全く言及しておらず,一般的に要求であることを明示する度合いが低い。

3−3. 敬語表現

 上で,要求表現の分類や使い分けについて述べたが,日本語においては,話し手と聞き手との関係性によって表現の使い分けが必要なものに,敬語表現も含まれている。

 敬語の使い分けの規定因には先行研究にも様々な区分がなされているが,大まかに地位や上下関係といった勢力(power)や親疎関係が影響しているという(岡本,2000)。すなわち,自分より地位が高かったり,年齢が高かったりするほど,丁寧な敬語表現が用いられやすくなる。

 また,敬語の使い分けが,相手との対人関係をどうしたいかという意図によっても判断をしているとも言われている。菊池(1994)は,対象となる人物に対する話し手の心情などが背景要因となり,その人物とどのように距離を取りたいか,どのような恩恵関係にあると捉えたいかなどの意図が敬語使用の決定につながると述べている。柴田(1988)も,敬語の目的を「相手を尊敬する,あるいは敬遠,疎外すること」と述べている。相手に敬意を抱くだけでなく,敬遠として相手と距離を置くことを意図している。

 したがって敬語表現が相手との関係性を読み取れるものであるために,関係性をどうしたいかによっても話し手が意図的にその表現を選択しようとするのではないかと考えられる。



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