2.「ほめ」について
平木(2017)は「ほめる」を「誉める」と「褒める」の2つに分け,次のようにその意味を説明している。まず「ほめる」は「称賛する」で善い行いを言葉にしてほめたたえるという意味である。一方,「褒める」は「賞賛する」で,「褒美」をもらって功績をたたえることである。本研究では教師から児童への言葉による「ほめ」のため,前者の意味を用いる。さらに平木(2017)は,ほめることは好ましい評判や道徳的に良い行動を「言う」こと,または言葉にすることであり,自分の「いいな」という気持ちであり,自分の行為や尊敬の気持ちがあり,それを具体的に伝える試みがほめ言葉になると述べている。
一方,ほめられた側として,自分がやったことを誰かにほめられると,自分は認められたという気持ちになり,大きな自信になると考えられる。子どもが大人から受けとる「ほめ」は,結果が適切であることや存在価値の肯定を意味し(高崎,2002),受け入れられたという安心感を生じさせる(岡本,1994)。また近藤(1994)は,子どもが学校生活にうまく適応しているかどうかは,その子自身の能力だけが原因となるのではなく,その子をとりまく学校生活環境,教師関係の影響,教師と子ども,または学級集団と子どものマッチングが影響を及ぼすことを示している。このことからも不登校の要因の1位である本人に係る状況の「無気力,不安」の原因はその子自身の能力以外にも,教師関係の影響もあるのではないかと考えられる。
2−1. ほめられ経験について
ほめられ経験を扱う先行研究は多く,浅沼・山本(2018)は大学生を対象に質問紙を用いて調査を行い,教師からのほめられ経験と叱られ経験がその後の自己効力感に与える影響について検討を行った。ほめられ経験尺度の因子分析では「努力に対するほめられ経験」「能力に対するほめられ経験」の2つの因子が抽出され,どちらもその後の自己効力感を高めることについて有効だと考えられている。古市・柴田(2013)は小学生を対象にほめられ経験を「学習場面におけるほめられ経験」と「生活場面におけるほめられ経験」の2種類に分類し,教師からのほめられ経験は,子どもたちの自尊感情,学習意欲や学校生活享受感情に肯定的な影響を及ぼすことを明らかにした。また,三浦・山本(2017)は教師からの言葉によるほめられ経験をとらえる観点について,ほめられ経験尺度を作成し,因子分析を用いて「成長の称賛」「努力の称賛」「主観的な称賛」「日常の称賛」の四つの観点に分類して抽出し,それらがその後の学習意欲に及ぼす影響について検討した。そして「主観的な称賛」は学習意欲の全ての下位尺度「知的好奇心」「達成志向」「公的自己統制」「私的自己統制」「注意集中力」にも影響を及ぼさないことを明らかにした。本研究では学校生活でのより具体的な場面でのほめ言葉による児童への影響を検討するので,この三浦・山本(2017)の分類に倣い研究を進めることとする。
よって本研究は様々な原因から教師と子どもの関係に着目し,具体的な学校生活場面においての教師からのほめられ経験が子どもの学校適応に与える影響について検討する。
2−2. 「ほめ」の機能について
ほめられる経験は,自分の行為そして自分を肯定的に評価し,自分を価値ある存在として感じる自尊感情の高まりに繋がると考えられる。しかし,Delin & Baumeister, (1994)らは,ほめても期待した結果が得られなかったという声も聞かれるなど,「ほめ」はただほめればいいという単純な働きではないことも指摘している。そして「ほめられること」が苦手な人もいる。例えば伊藤(2017)は,大人のほめ言葉の裏にかくされた「もっと頑張れ」という要求や,人と比較されたうえでの「ほめる」「貶す」ことに敏感に察知する子どももいると指摘している。くわえて,ほめが過剰になって大げさなお世辞をいわれた人は,何か隠された動機があるのではないか,迎合を目的としてほめたのではないかと疑いをいだくものもいると指摘している。また,たとえ長所であっても,あまりほめられると当惑してしまう(Buss, 1991)。さらに,好奇心や喜びなど内発的動機づけをもとに行っていたことが,評価されて昇給したりご褒美をもらえたりするなど外発的動機づけされることでいつの間にかやる気がなくなってしまいモチベーションが下がってしまうアンダーマイニング効果(Deci, 1971)も有名である。
一方,効果的なほめ方についての研究例をあげると,子どもが課題に成功したり何かを達成したりしたときには,「それが上手なんだね」「頭がいいね」などと能力に注目してほめるよりは,「頑張ったね」「工夫したところが良かったよ」などと努力や到達までの過程に注目してほめた方が,その後の失敗時にも動機づけを低下させないということが明らかにされている(Mueller&Dweck,1998;Kamins & Dweck,1999)。また,Deci(1975)は内発的動機づけに及ぼす言語的報酬は,物質的報酬と比べてより有能感を生じさせるとした。本研究での「ほめ」はここでいう言語的報酬にあてはまると考えられる。
これらのように「ほめ」にはメリットだけではなくデメリットもあるが,本研究ではそのメリットが最大限に発揮されるような活用の仕方を検討する。
2−3. ほめられ反応の年齢による違いについて
ほめられたときの反応も,発達段階によって異なる。関水(2018)によると,コールバーグの小学校低学年の道徳性の発達段階理論では「第一段階の罰と服従への指向」であるため,自分よりも大きく力のある教師の存在のいうことが絶対であると判断する。中学年の時期の子どもは,何かした時その対価としての報酬を求めるかもしれない。しかし成長を促すためには自分の行動に責任や誇りを持たせる経験をさせることが大切であり,クラスの中の活動で,自分の役割を果たし,認められるということで,ほめられることは必要である(関水,2018)。また関水(2018)は,小学校高学年以降の段階の時期の子どもは親からは生活面や経済的には自立していないが,精神的には自立しようとする気持ちが高まっているため,親や先生のことを一人の人間として捉え,評価をするようになると述べている。また伊藤(2017)によると,この時期の子どもは単純にほめられることでは喜ばなくなるため,認めてもらう経験や感謝される経験も大事になってくる。
Mueller&Dweck(1998);Kamins & Dweck(1999); Haimovitz & Corpus (2011);青木(2014)は,幼児期から小学校低学年までは内容にかかわらずほめられたことを肯定的に受け止め動機づけが高まるが,小学校高学年以降は何をほめられたか(能力か努力か,成果か過程か個人か)などのフィードバックの内容によってほめへの反応が異なることを明らかにしている。このように教師による「ほめ」の種類や,それによる子どもの「ほめられ反応」は様々であるといえる。そしてこられをふまえると,学校生活の中での具体的な教師からのほめ言葉の子どもの反応を調査し,より子どもにとって効果のあるほめ方を研究することで,子どもたちの学校適応感を上昇させることができると考えられる。
ほめへの反応に関して,高崎(2015)は「ほめへの反応尺度」として作成した12項目について因子分析を行った結果,ほめられたときのやる気につながる反応を示す「意欲促進」,そしてほめられたことへの不信感を示す「ほめ不信」の2つの因子を抽出した。本研究ではこの高崎(2015)に倣い研究を進め,教師からのほめられ経験によって子どもが「意欲促進」「ほめ不信」のどのような反応をするか,また子どもの学校適応感の影響を検討する。
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