2.依存について
2−1. 依存性
対人関係における依存性は、高橋(1968)によって「道具的な価値ではなく、精神的な助力を求める要求」および「要求を満たすために引き起こされる依存行動のパタン」と定義されており、著者もこの立場にたつこととする。なお、他に Hartup W.W.(1963)は「人間対人間の行動についていうもので、 社会的行動のひとつの形式であって、他人との接触あるいは、他人からの養護によって生ずる満足に向けられた行動」、 Bandura, A. & Walters, R. H., (1960,1963) は「他人から肯定的な (positive)注意をひきおこしたり、他人に面倒をみてもらうような反応をひきおこしたりすることのできる反応のクラス」、Gewirtz, J. L. (1956) は 「注意、是認、愛情、保証、近接などを含んだ肯定的な (positive) 社会的反応を他人から得ようとする行動」、Sears,R. R. (1953) は、「助力や承認を求めていることが明らかであるような、学習によって獲得された動機づけ(motivation) の体系」とそれぞれ定義づけている。これらの依存性の操作的定義について、概ね一致する点として、江口(1966)は以下の 8 点を挙げている。@身体的な接触を求める程度、A他人の近くにいること、他人とともにいることを求める程度、B他人から、言語的および物理的な助力を求める程度、C肯定的な(positive)しかたで注意を求める程度、D否定的な(negative)しかたで注意を求める程度、E保証を求める程度、Fことにのぞんだときの受身的な姿勢の程度、G安全を求め、冒険を避ける程度。
加えて、依存行動のパタンを決定づける要素として、依存行動が向けられる対象、依存行動の様式、依存要求の強度の3点が考えられている(高橋,1968)。依存行動が向けられる対象とは、何に対して依存しているかという依存対象を意味する。ここでは身近な人物に限らず、尊敬する人物、偉人、神なども想定されている。依存行動の様式とは、相手に対してどのように依存欲求を表出するかという依存の仕方を意味する。依存要求の強度とは、依存行動を引き起こす動因の強さという依存の程度を意味する。この3要素を踏まえ、依存を「どのような対象に」、「どのような仕方で」、「どの程度依存しているか」という観点で捉えることは、依存性の変容の過程を解明していくうえで重要であるとされる(江口,1966)。例えば、幼児期においては、母親に対して、身体的な接触を求めたり、近接を求めたりといった依存行動がみられる。一方で、青年期においては、恋人に対して、承認を求めるといった依存行動がみられ、発達に応じた依存の質的な変化があることが伺える。こうした依存性の変容が検討される中で、依存要求は年齢に応じて弱まるという見方から、幼児期を過ぎても依存的であることを問題視する流れが生まれたという。依存とは、自立の対にある退行した現象として捉えられていたのである。そのため、青年期以降の依存性に関しては、依存性人格障害や自己愛性人格障害や共依存といった病理面であったり、心因性の抑うつ、アルコール依存、情緒的問題との関連であったりと、依存性の否定的な側面に着目した研究が多く見受けられた(田宮・岡本,2012)。
しかしながら、現在では、依存性とは、社会的動物である人間にとって生涯必要不可欠なものであるという前提のもと、肯定的側面を含めた解釈がなされることが一般的である。例えば、こうした依存の肯定的側面を捉える意義・方向性を示す契機となった研究の一つに西川(2003)がある。そこでは、依存行動を「自己制御」の 2軸、すなわち依存を表出することを意味する「主張・実現」と依存を抑制することを意味する「抑制・抑止」から測る質問紙が作成された。結果、依存表出と依存抑制の機会がともに多かった被験者群と、依存表出の機会は多くはなかったものの依存抑制の機会が多かった被験者群は、他の被験者群と比較して、自己効力感および対人適応感が高くなっていたことがわかっている。よって、依存抑制と自己評価や適応の良さとの関連性が示唆された。さらに、竹澤・小玉(2006)では、依存欲求を適切に依存行動として表出することで、自己成長感を感じさせ、結果として自律性が高まることが明らかにされている。また、関(1982)では、成熟した適応的な人間を「柔軟に他者と相互依存的な関係をもつことができ、そこから得た安定感をもとに、自立的な行動のとれる人間」としている。そして、高橋(2010)では、「自立とは依存しないことではなく、上手に依存することである」と述べられている。したがって、依存性は自己が自主的になるための必要条件であり、依存性と自立性は単に相反しているわけではないと考えられる。具体的なモデルとして、「依存的」、「依存している」、「自立性」の 3つの様相の連続性を示したモデルが提案されている。従来の意味する「依存的」な状態と、適度に「依存している」状態と、依存要求の欠如している「自立性」の状態という 3 つの様相が予想されるとしており、ここからも依存性の概念が拡張されたことが伺える(江口,1966)。このように、依存性が人間にとって本質的な機能であることを考慮すると、田宮・岡本(2012)が指摘するように、従来論じられてきたような依存性の問題とは依存性の存在そのものではなく、その在り方にあるということになる。
2−2. 青年期における依存性
本研究にて調査対象とする大学生は青年期に該当するが、青年期は精神的にも行動的にも自立性を獲得していき、適度に依存することを模索する時期といえる。3-2で述べた、大学生の甘えについて気兼ね型が最も多くなったことも、依存欲求と自立欲求との間で葛藤し、「甘えたいが、もう子どもではないから幼い甘え方はしたくない」という思いが背景にあるとされる(丹羽,2016)。加えて、青年期における依存性の特徴として、幼児期と比べ依存対象の数が増加、およびその範囲が拡大し、それらが機能的に分化していることが挙げられる(江口,1966)。こうした特徴を実証的に解明するために、青年の相互関連的な依存対象の組織された体系を表す依存構造というモデルが見出された。例として、高橋(1968)の研究を取り上げることとする。そこでは、依存対象ごとの依存得点を算出し、その依存得点に基づいて、依存構造の類型化を試みている。依存対象は、江口(1964)の予備的調査に基づき、母親、父親、もっとも親しいきょうだいのひとり、もっとも親しい友人、ごく普通の友人のひとり、異性で一番好きな人、もっとも尊敬している先生のひとり、もっとも尊敬している人の計8名が採用された。類型化については、依存得点の他と比べ特に高い者すなわち「焦点(focus)」が何かによって判断された。焦点は、依存対象の中でも特に個人を支えている中核的な対象を意味する。ところで、この焦点という概念は、重要な他者の概念に通じるものがある。人間の社会化の過程の中で、個人に働きかける集団や個人を agent といい、その agent の中でも、より重要な意味を持つ人達は、重要な他者(significant others)と呼ばれている(安達,1994)。ここでの重要な意味を持つとは、個人にとって重要と思われる報酬や罰とをコントロールする(Heiss,J.1981)ことで、その個人の行動基準や判断、価値観に影響を及ぼしたり、個人が行う自己開示の中心的な相手として機能することで、その個人の健康的なパーソナリティ形成に寄与したりするなどの役割を担っていることを表している。
このように、依存構造の中の焦点、すなわち重要な他者が個人に与える影響は大きくなるといえる。先ほどの高橋(1968)の研究では、大学生において単一の焦点として選ばれていたものは、異性で一番好きな人が顕著に多く、母親がついで多くなったことが報告されている。そこで、それぞれを依存対象とした相互依存的関係である恋愛関係および親子関係について、以下に詳述する。
2−3. 恋愛関係における依存性
思春期以降は、身体的、心理的な成熟に伴い、異性への関心が高まっていく時期である(伊福・徳田,2006)。青年期になると、返田(1986)が述べるように、実際に異性と親密になることを求め、交際を開始する場合が多い。こうした恋人との交際というのは、立脇(2007)の述べるように、片思いの人や異性の友人との交際よりも,ポジティブな感情もネガティブな感情もともに多く感じることができるという。恋愛が最も主要な関心事のひとつである青年期の男女にとって(松井,1996)、当人らにポジティブにもネガティブにも作用する極めて重要な対人関係であるといえる。例えば、先行研究において、恋愛関係にある者はない者と比較して、自己実現の程度が高かったり(Dietch,1978)、自尊心が高かったり(Long,1983)、抑うつの程度が低かったり(神薗・黒川・坂田,1996)、自己概念が多様化していたり(山下・坂田,2005)、意欲の向上および対人関係観の変化がもたらされていたり(多川,2003) することが報告されている。加えて、高坂(2009)では、恋愛関係にある者が実感している恋愛関係の影響について調査したところ、恋愛によるポジティブな変化を意味する「自己拡大」、「充足的気分」、「他者評価の上昇」とネガティブな変化を意味する「拘束感」、「関係不安」、「経済的負担」、「生活習慣の乱れ」の計7因子が抽出されている。このように、恋愛関係を築き、維持するにあたっては、良い影響も悪い影響も同時に存在することになる
ところで、青年期の恋愛関係は、アイデンティティの形成過程であるがゆえに、相手に?み込まれる不安を感じるなど不安定な関係となりやすいといわれている(田沢,2011)。具体的には、異性に過度に依存するような嗜癖的な恋愛関係を作ってしまう場合があると指摘されている(伊福・徳田,2006)。これまでは依存傾向の欠如や依存の拒否といった、依存欲求を自分の内に留めることが適応上の問題として取り上げられることが多かった。それに対し、上記のような過度な依存、すなわち依存欲求を外に表出しすぎることにも着目した研究として、田中(2009)が挙げられる。そこでは、まず依存対象を恋人に限定した、4因子構造の「恋人への依存性尺度」が作成され、十分な妥当性と信頼性が確認されている。なお4因子とは、道具的な価値ではなく、精神的な助力を他者に求める欲求である「依存欲求」、顕在的には他者への依存を否定する形で現れるが、潜在的に依存不安があると推測される態度である「依存拒否」、対等な関係の中で愛情をもとに支えあい、与えあい、癒しあい、安定感を得られる相互的な依存様式である「適応的依存様式」、上下関係をもとに、相手を支配する行動や従属的・献身的態度をとり、分離不安から相手に執着するような依存様式である「不適応的依存様式」であった。つぎに、恋人への依存尺度の各因子得点に基づいたクラスター分析を行い、依存性の様相によって、安定依存群、依存回避群、過剰依存群の3群に分類している。過剰依存群は、3群の中で 「依存欲求」、「適応的依存様式」、「不適応的依存様式」 の得点が最も高くなり、相手に依存することで安定感を得ている一方、 分離不安を強く抱いていることがわかる。加えて、依存対象として恋人が特に大きい比率を占めており、 恋人以外の人物が占める比率との大きな差があったことが報告されている。田中(2009)は考察の中で、過剰依存群に属する個人について、恋人以外の他者との関係が希薄化していることに加え、恋人を喪失した際に精神的健康を保てなくなる危うさを示唆している。(その後、田沢(2011)によって、恋人に過度に依存する者は失恋後の関与度および喪失感が高まることが明らかにされている。)また、恋人への依存性がより過剰で病理的なものとなると、恋愛依存症に陥る可能性も大いに考えられる(伊福・徳田,2008)。したがって、こうした過度な依存傾向というのは、青年期の適応的な恋人との依存関係を検討する場合に、欠かすことのできない視点であるといえる。
2−4. 親子関係における依存性
元来、依存性研究とは親子関係の随伴物として位置付けられていた(江口,1966)。というのも、依存性の発生については、母子が二者関係を形成する過程で発生するというSears,R.R 一派の見解が代表的なものとして知られており、親子関係を始点として依存性研究は進められてきたということができる。二者関係を形成する過程とは何か、例としてお腹が空いたと泣く赤ん坊にミルクを与え、あやす母親といった構図で考える。この場合、空腹という第一次要求(生理的要求)の解消とあやすという母親の愛情表現とが合わせて生起している状況にある。同様の状況が何度も繰り返されると、次第に赤ん坊にとって、第一次要求と等しい程度に、母親に「あやしてほしい」と望む第二次要求が発生してくる。ここで獲得された要求が、まさしく依存性および依存要求に該当するとされており、依存性は「母親の強化の方法、内容および子どもの期待に応じない場合に生じる欲求不満の関数」だという定義がなされている(Hall,C.S.&Lindzey,G.,1957;Sears,R.R.et al.,1957;Sears,R.R.,1963)。これまで述べてきたように、上記のような赤ん坊と母親という図式の親子関係のみならず、青年期における男女とその両親という図式の親子関係にも、依存性は存在している。高橋(1968)では、大学生における単一の焦点として、異性で一番好きな人についで母親が選ばれていたが、加えて複数の焦点についても、焦点のうち一人はほとんど母親であり、その親密度も高いものであったことが報告されていた。このように、発達が青年期の段階に進んでいたとしても、親子関係は主要な相互依存関係の一つであるといえよう。
それゆえ、青年期におかれている個人については、幼少期に育んだ親子関係と現時点で維持されている親子関係の双方から、あらゆる面で影響を受けていると考えられている。例えば、西川(2003)では、親への依存行動の表出経験と対人適応感との関連が検討されている。そこでは、親への依存表出の機会が多い大学生は対人適応感が低く、親への依存抑制の機会が多い大学生は対人適応感が高いことが明らかにされた。また、水本・山根(2011)は、親からの適応的な精神的自立を「親との信頼関係を基盤として親から心理的に分離して親とは異なる自己を築くこと」としたうえで、「母親との信頼関係」と「母親からの心理的分離」から成る「母子関係における精神的自立尺度」を作成した。加えて、「母親との信頼関係」が娘の自尊感情や愛着の安定性に、「母親からの心理的分離」が自律性や自我同一性にそれぞれ影響していることを示している。また、宮下・村山(1996)では、過去の親の養育態度と青年の恋愛観との関連について検討されており、 暖かい親子関係のあり方が青年の成熟した恋愛観と結びついていることが示された。さらに、岡田・大橋(2020)は、依存性に影響を及ぼす要因として親子関係をあげ、親子関係が依存的であれば、恋人との関係も依存的になることを明らかにしている。具体的には、女子学生は親子関係が自立している場合と依存している場合のどちらであっても、恋人と信頼関係を築くことができる一方で、男子学生は親子間が依存している場合、適応的な関係だけでなく、従属しすぎたり分離不安を強く感じたりするような不適応的な関係を築くことも示されている。他に新谷(2014)が、依存的な恋愛に陥る要因の一つとして親子関係に着目しており、過去のネガティブな親子関係が、不安定な愛着スタイルや自己愛傾向を形成し、恋愛依存に至ることを説明するモデルを示している。したがって、本研究でも不安定な恋愛関係を築いている個人の背景要因として、親子関係を取り上げることとする。現代では、少子化や地域コミュニティの減少などを理由に、親子関係の親密化(水本,2016)、すなわち青年が両親への依存を強めている(安達,1994)ことが指摘されている。そこでますます親子関係の影響力を吟味する必要があるということができるだろう。
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