考察
本研究では,以下の3つの仮説を立てた。
仮説 1: 家族機能各下位尺度は愛着スタイル各下位尺度を通して,獲得的レジリエンス要因に影響を与える。
仮説 2:見捨てられ不安が高い人は統御力が低く,親密性の回避が高い人は社交性が低い。
仮説 3:家族機能がバランス群である人は,自己観・他者観が安定している。
5.家族機能各下位尺度による愛着スタイルの差の検討
仮説1〜2の検討のため,階層的な重回帰分析を行った。
家族機能が愛着スタイルへ与える影響を調べるため重回帰分析を行ったところ,有意な関連は見られなかった。そのため,仮説1は棄却された。金政(2003)は,成長していく中での対人関係や環境の変化が愛着スタイルを変容させる可能性があると述べている。村上・櫻井(2014)では,児童中・後期ですでに母親の愛着対象としての順位が下がっていることが確認されている。さらに,発達とともに愛着対象の中でも友人の重要性が両親の重要性と比較して高まることも示唆されている。また,粕谷(2016)では,2割ほどの中学生が9か月間で愛着スタイルが変容したことが明らかになっている。友人関係や学校適応のような環境,家庭環境にあまり変化がないことでIWMの変化が小さく安定する可能性があるとも述べられており,家庭環境をもとに作られたIWMが乳児期から青年期になるまでの環境が変わる過程で変化する可能性は大いにある。さらに,IWMが形成されるのは乳児期とされているが,本研究では大学生を対象に家族関係を尋ねているため,現在の家族関係を答えていることで,IWMとの関連が見られなかったと考えられる。
これらのことから,家族機能が愛着スタイルへ与える影響が見られなかったのは,乳児期の愛着対象である養育者との関係から作られたIWMが,大学生になる間の友人や恋人などの愛着対象の拡大,家族の愛着対象としての順位の下降などの影響を受け,変化したため,IWMの形成期である乳児期の家族関係を測定できていないためであると考えられる。
家族機能,愛着スタイルがレジリエンスに与える影響を調べるため,重回帰分析を行ったところ,「凝集性」が「社交性」へ正の影響を与えていた。凝集性が高ければ高いほど,家族内でコミュニケーションをとることが多く,お互いを信頼できている家庭である。社交性は平野(2010)によると「もともと見知らぬ他者に対する不安や恐怖が少なく,他者との関わりを好み,コミュニケーションを取れる力」とされている。そのため,凝集性が高い家庭の人は,他者との関わりを好み,コミュニケーションの取り方を理解する機会に恵まれているために,生まれつき持っているコミュニケーションスキルが磨かれると考えられる。小塩(2021)によると,認知的能力は遺伝による部分が多いが,非認知的能力が環境によって変化する部分が大きいとされているため,非認知的能力である社交性も家庭環境によって変化していると考える。凝集性が高いと他者に対する信頼が高まる可能性もあるが,重回帰分析では「凝集性」と「親密性の回避」の間に関連は見られなかったため本研究ではコミュニケーションスキルが磨かれたためであると考えた。また,社交性は資質的レジリエンス要因の一つであることから,コミュニケーションをとる能力に優れている家庭に生まれ,社交性の高さが遺伝している可能性もあるであろう。
次に,「適応性」が「社交性」に負の影響を与えていた点について考察を行う。適応性は高いほど役割や決まりが変わったり,子どもの意見も重視する家庭となる。極端に高すぎてしまうと,家族がそれぞれの役割を放置してしまい家庭が機能しなくなってしまうと考えられる。機能しなくなってしまうと,母親や父親の役割であると考えられる子どもとの会話や世話を放置してしまう可能性もある。そのためコミュニケーションをとることが減ってしまい,子どもはコミュニケーションスキルの使い方を学ぶことができず,社交性が低くなってしまうと考える。
「見捨てられ不安」「親密性の回避」が「楽観性」に負の影響を与えていた点について考える。楽観性とは「将来に対して不安を持たず,肯定的な期待を持って行動できる力」とされている。見捨てられ不安・親密性の回避が高い場合には自分は見捨てられるのではないか,他者は信頼できないという不安から対人関係においてネガティブに考えてしまい,持っている楽観性よりもネガティブな感情が大きくなり,活かされない状況となる。そのため,楽観性に負の影響が与えられていたと考える。また,乳児期に自分の要求が満たされない家族とのやり取りを経験することで,対人関係において期待を持てなくなってしまうことも示唆された。
「見捨てられ不安」が「統御力」へ負の影響を与えていた。そのため,仮説2は一部支持された。統御力とは「もともと不安が少なく,ネガティブな感情や生理的な体調に振り回されずにコントロールできる力」とされている。見捨てられ不安が高いと自己観が低くなり,他者に見捨てられるのではないかという不安やネガティブな感情が強いため,もともと持っている統御力が揺らぎ,発揮されなくなると考える。
「親密性の回避」が「社交性」に影響を与えていなかった点について考察を行う。
「見捨てられ不安」が「行動力」へ負の影響を与えていた。行動力とは「目標や意欲を,もともとの忍耐力によって努力して実行できる力」とされている。このことから,見捨てられ不安が低いと自分に対する高い信頼が,自分ならできるという自信につながり,最後まで努力することができると考えられる。反対に,見捨てられ不安が低いと自己観が高くなり,自分が愛されている,必要とされている存在であるという自信を持っているため,諦めずに努力し実行することができると考えられる。
「親密性の回避」が「問題解決志向」へ負の影響を与えていた。問題解決志向は状況を改善するために,「問題を積極的に解決しようとする意志を持ち,解決方法を学ぼうとする力」とされており,項目の一つには「人と誤解が生じたときには積極的に話しをしようとする」というものがある。このことから対人関係において問題が生じた場合,他者に対する不安が強いことで解決しようと動くことができず,問題解決志向が低くなってしまうと考えられる。しかし,問題解決志向の2つの項目は対人関係について尋ねるものではなかったためこの考察では不十分である。他の何かの因子を介して影響を与えている可能性も十分考えられる。
2.家族機能群と愛着スタイルの関連について
最後に,仮説3を検討するため,愛着スタイルに対して家族機能群の一要因分散分析を行った結果,バランス群,中間群,極端群の3群の場合に「見捨てられ不安」において中間群とバランス群の間に有意な差が得られた。
これらのことから,中間群である人は見捨てられ不安が低く,安定していることが示され,仮説3は棄却された。中間群とは,極端と中程度の組み合わせであり,中間群の家庭として想像されるのは,凝集性が高いまたは低く,適応性が中程度であるか,凝集性が中程度であり,適応性が高いまたは低いという4通りとなる。凝集性が高くまとまりが強い場合には,お互いを助け合うことができるため,家族からの愛情を感じ自己観が高くなると考えられる。一方で,凝集性が低くまとまりが弱い場合には,お互いに無関心な家族となり,自分に興味を持ってもらえないことから自己観が低くなる可能性がある。さらに,数井・無藤・園田(1996)は柔軟性が適度であると愛着が安定すると述べていることから,適応性が中程度であり凝集性が高い家庭は見捨てられ不安は低くなるのではないかと考えられる。
適応性が低く役割が固定されている場合は,子どもの意見を聞き入れてもらえなかったり,ルールがどのような時も変わらないことが子どものストレスとなることもあるであろう。しかし,凝集性は中程度でまとまりのある家庭であるため,見捨てられ不安に影響を及ぼすことは想像しがたい。適応性が高く役割が定まっていない場合においても,まとまりはあるので自己観についてはあまり影響を及ぼさないと考えられる。
これらのように中間群の4通りの特徴をふまえて考えたところ,見捨てられ不安と関連がある可能性の高い家庭は想像しがたく,中間群において見捨てられ不安が低いという結果の理由は不明瞭であった。
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