5.共感について


5−1. 共感の種類

 感情体験をしている他者に対して、相手の感情と一致した感情や、相手の状況にふさわしい感情が起こることを共感という(登張,2005)。共感には、他者の情動・感情状態を理解する「認知的共感」と、他者の情動状態を共有あるいは同期する「情動的共感」がある。認知的共感は意図的なプロセスに基づきオン・オフの制御が可能である一方、情動的共感は身体反応が付随し、意識的制御が難しいとされる(梅田,2014a)。

 Davis(1994)は、実際にある状況で起こる共感を「状態共感」とし、状態共感を起こす個人のパーソナリティ特性を「特性共感」と定義した。登張(2000)は、状態共感尺度に「並行的感情反応」、「他者指向的反応」、「自動的共感」、「役割取得(視点取得)」、「悲しみ認知」、「不快認知」を、特性共感尺度に「共感的関心」、「ファンタジー」、「個人的苦痛」、「気持ちの想像」を下位尺度として設定した研究を行っている。


5−2. 共感反応

 認知的共感尺度の下位尺度に「視点取得」がある。視点取得とは、「日常生活で自発的に他人の心理的立場をとろうとする傾向」(Davis,1994)、あるいは「相手の立場からその他者を理解しようとする認知傾向」(鈴木・木野,2008)と定義されている。視点取得と関連がみられるのは、「他者指向的反応」である。他者指向的反応とは、他者の心理状態における他者に焦点づけられた情緒反応である。(鈴木・木野,2008)。一方、情動的共感と類似概念である「共感的関心」とは、他人の苦痛を自分のことのように感じて、できればそれを軽減してあげたいと思う気持ちを指す(Davis,1983a)。登張(2005)によれば、共感的関心は他者指向的反応と視点取得との間に有意な関係があるとされる。また、状態共感や共感的関心は向社会的行動との関係で注目される。苦境にある他者の状況に接して共感的関心反応を顕著に示す人は、援助行動の動機が愛他的であるといわれている。「自己指向的反応」とは、他者の心理状態における自己に焦点づけられた情緒反応である。自己指向的反応は愛他行動負担や敵意と関連があるとされる(鈴木・木野,2008)。 「被影響性」とは、他者の感情や意見に影響されやすい傾向であり、対人不安や自己主張のなさを背景としている。周囲に対して感情的に反応しやすい人は、そうでない人よりも他者の心理状態について小さな刺激でも反応し、感情的に影響を受けやすいとされる(鈴木・木野,2008)。

 要するに、共感反応とは、他者の心理状態に敏感になり、相手の立場に立って寄り添った言動をとることである。また、コントの鑑賞では、演者の示した心情を感じ取ることでユーモアを理解し笑うという仕組みが想定される。よって、ユーモア感受経験に基づくユーモア志向は、共感との関連があると考える。


5−3. 共感経験ー角田(1994)による共感と同情の区別化ー

 角田(1994)は、「共感」が肯定的な概念で社会的に望ましい人格特性と捉えられており、質問紙調査による測定尺度では肯定的な反応が得られやすい面があると指摘する。また、共感反応と同情反応は識別されにくいことを問題提起している。角田(1991)では、共感の概念規定を「能動的また想像的に他者の立場に自分を置くことで、自分とは異なる存在である他者の感情を体験すること」とし、その中でも、「自分とは異なる存在である他者」が強調されるべきであると主張する。自己と他者の個別性の認識が確立されることによって、感情共有体験が他者理解につながると考えられる。これは、先述した視点取得とも関連があると思われる。一方で、同情では、「自分が感じる」ことに意味があり、他者理解をしているという自己知覚は持つものの、実際には他者理解に至っていないとされる。

 ところで、現実の対人関係場面では、常に他者に共感できるとは限らず、相手に共感できないことも多くあるだろう。角田(1994)は、他者との感情共有体験が得られない経験、すなわち共有不全経験を共有経験と同時に測定する共感経験尺度改訂版(EESR)を作成し、共感と同情の区別を試みた。そして、共感者は個別性の認識が高いため、他者の気持ちがわからなかった経験を意識することができるが、同情者は自己中心的な自他認識を行っているため、他者の気持ちがわからなかった経験そのものが意識されにくいという仮説を立証した。これより、共感においては、自己を固定化することなく、対人関係の中で融通性あるいは自由度をもった揺れを許容していると考えられる(角田,1994)。本研究では、共感経験尺度改訂版を用いて、具体的な対人関係場面を想起させることで、自己内省と他者理解を意識させて、共感反応を測定する。


5−4. 共感の尺度に関する研究

 共感性あるいは共感的反応を測定する尺度は、Davis(1983a)の対人的反応性指標(IRI)をはじめとして開発されてきた。対人的反応性指標は、「共感的関心(共感的配慮)」、「視点取得」、「個人的苦痛」、「ファンタジー(想像性)」の4下位尺度からなる。これを踏まえて登張(2003)は、青年期用の新たな多次元共感性尺度を作成した。「共感的関心」、「個人的苦痛」、「ファンタジー」、「気持ちの想像」の4下位尺度からなり、青年期前期・中期・後期を通して利用できる尺度である。鈴木・木野(2008)は、他者の心理状態に対する認知と情動の反応傾向をそれぞれ他者指向性と自己指向性という視点から弁別的に測定する多次元共感性尺度(MES)を作成した。「他者指向的反応」、「自己指向的反応」、「被影響性」、「視点取得」、「想像性」の5因子が得られた。各下位尺度と尺度全体の構成にはおおむね満足できる信頼性と妥当性が確認され、短縮版も作成されている(木野・鈴木,2016)。葉山・植村・萩原・大内・及川・鈴木・倉住・櫻井(2008)は、共感性の認知的側面として「他者感情への敏感性」と「視点取得」、感情的側面として「ポジティブな感情の共有」と「ネガティブな感情への同情」を取り上げ、共感性の生起するプロセスに注目した新たな尺度を作成している。

 本研究では、多次元共感性尺度(MES)短縮版(鈴木・木野,2016)の下位尺度「他者指向的反応」、「自己指向的反応」、「被影響性」、「視点取得」、「想像性」と、共感性プロセス尺度(葉山・植村・萩原・大内・及川・鈴木・倉住・櫻井,2008)の下位尺度「他者感情への敏感性」、共感経験尺度改訂版(EESR)(角田,1994)の下位尺度の7項目を取り上げ、状態共感を測定する。



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