4.コントについて
4−1. コントとは
コントとは、喜劇における寸劇のことである。フランスで寸劇を意味するconteが語源といわれる。多くは舞台上で観客を前に演じられ、近年ではテレビや動画サイトを通して視聴することもできる。
ストーリー性のある演芸で、最初から場面やキャラクターが設定されており、演者がその人物になりきって芝居をしながら笑いを誘う。演者は役に合わせた衣装を着たり化粧を施したりして、セリフや動き、外見、ストーリー展開によって笑いを生み出す。小道具や音響などを効果的に使用する場合も多い。小林(2014)によれば、コントの台本は、ストーリーそのものが持つ面白さである「下に敷いてある笑い」と、言葉遊び、語感、テンポ、身体表現などの「装飾的な笑い」を区別して作られている。
また、コントを作り演じる側は、観客の想像力を信頼している。「観客の想像力」について、小林(2014)は、次のように説明している。
セリフですべてを説明しないようにしています。観客自らが考えるためのヒントにとどめることで、「察する楽しさ」を味わってもらいたいのです。こうすることで笑いや感動を押し付けず、観客の体内に発生させることができます。「笑われる」でも「笑わせる」でもなく、「観客が自分の力で笑う」というものです。(中略)作品の中にある情報を制限することによって、観客は強制的に頭脳労働させられます。足りない情報は、自分で補ってしまうのです。これを積み重ねることで、観客はグイグイ作品の中に取り込まれていきます。(小林,2014)
小林は以前、コントユニットのラーメンズの一員として活動していた。彼らのコントは、小道具やセットを使わず、セリフとパントマイムで表現するのが特徴であった。小林は、舞台公演や「おもしろさ」について幅広い私見を持ち、劇作家として活動している。
注:ラーメンズとは、1996年〜2009年に活動していたコントユニット。メンバーは片桐仁と小林賢太郎。主に舞台公演を行っていた。セリフとパントマイムにこだわった、お笑いと演劇の中間にカテゴライズされるような長尺のコントを演じる。2020年に小林が表舞台からの引退を表明したことで、事実上の解散となった。
4−2. コントの仕組み
田中・松本・高橋(2010)は、コントの作り方を示している。コントは、「フリ」、「ボケ」、「ツッコミ」、「オチ」の4つの要素によって組み立てられる。フリは状況説明や登場人物の立場の紹介、ボケはおかしなことや間違いの言動、ツッコミはおかしなことや間違いを訂正すること、オチはコントの終わりを指す。
コントの軸となるのは、設定と登場人物である。設定と登場人物について、それぞれ「日常」もしくは「非日常」を選択して4パターンのコントを作成することができる。ここでいう日常とは、共感できる世界、すなわち、よくある場所やよくあるシチュエーション、よくいる人やよくある関係性のことである。対して、非日常とは、妄想の世界、すなわち、普通はあり得ない世界や、普通はいない人のことである。なお、日常と非日常の中間である「ありそう」な世界や「いそう」な人も存在する。非日常な設定や登場人物の場合では、日常で感じられるような、共感できるようなルールを作る必要がある(田中・松本・高橋,2010)。
コントのストーリーは、まず起承転結にまとめ、次に、「3W1D(Where・Who・What・Do)」に基づいて設定と登場人物を具体的に考える。また、ストーリーは登場人物の動機や目的によって進められる(田中・松本・高橋,2010)。ストーリーの運びとして、予定調和に向かわないように企んでいくことが必要であると別役(2003)は述べる。なぜなら、人間の考え方は予定調和的傾向であり、裏切られることでおもしろさが生じるためである。これは、笑いの分類のうちの「関係の笑い」と捉えられる。関係の笑いとは、極端なボケを含まずに、情景によって醸し出す笑いを指す。例として、「ケーキだと思って扱っていたものが爆弾であった」という情景が挙げられる(別役,2003)。
4−3. お笑いコンビ・男性ブランコについて
本研究では、ユーモア刺激として、お笑いコンビである「男性ブランコ」のコントを扱う。男性ブランコは、2011年に結成された吉本興業所属のお笑いコンビである。浦井のりひろ(本名:浦井悟弘)と平井まさあき(本名:平井勝晶)で構成され、主にコントを演じる。二人は大学の演劇サークルで知り合い、お笑いコントユニットのラーメンズが好きなどの嗜好が一致し交流を深めたそうだ。ネタの台本は平井が作成しており、ネタを書くスピードが速いことで知られる。漫才では浦井がツッコミ、平井がボケを担当する。コントではネタによってボケとツッコミが入れ替わる。主に舞台で活動し、他のお笑い芸人と共演することもある。2021年の「キングオブコント」出場後、知名度が高まった。「キングオブコント2021」準優勝、「M-1グランプリ2022」4位、「第8回上方漫才協会大賞」特別賞といった受賞歴を持つ。単独ライブに力を入れており、2013年から毎年(2016年を除く)各地で開催している。内容の異なるライブを1年で複数行うスタイルで、2020年と2021年は各それぞれ年6回の公演、2022年は年8回の公演を開催している(無観客配信ライブを含む)。2022年にはサンシャイン水族館、2023年には国立科学博物館を舞台にしたコントライブを行い、話題を呼んだ。また、過去の単独ライブで披露したコントのいくつかを自身のYouTubeチャンネルに挙げている。昨今ではテレビでネタを披露したり、バラエティー番組やロケ番組に出演したりと、幅広く活動している。芝居も高く評価されており、2024年春には、上田誠が脚本・演出を手掛ける舞台「鴨川ホルモー、ワンスモア」に出演することが決定した。
彼らのコントでは、他者と出逢い関わる日常場面を切り取った設定が多い。セリフとマイムを軸とした形態で、語感や言葉のリズムを楽しむ言葉遊びを多用する。平井の独特な言い回しと、浦井の諭すようなツッコミを軸としている。ストーリー構成に力を入れており、発想の奇抜さや先が読めない展開、伏線を散りばめる手法は、他と一線を画しているといえる。小道具やセットは少ないが、衣装や舞台美術にこだわっている。演技力にも定評があり、「憑依型コント師」と呼ばれる。「どこにでもいそうで、どこにもいない」人をキャラクターに据え、人間の寂しさや優しさ、他者との出逢いの奥ゆかしさを表現する。
男性ブランコの持つ世界観は、観る者に笑い以外の様々な感情をも引き起こすことから「文学的」、「読後感のあるコント」、「エモい」と評価される。題材には、偏屈、悲観、虚しさ、不遇、離別、困難といった負の感情やネガティブな状況が扱われることが多く、これらを二人が乗り越えていくという展開に進む。我々の日常生活を想起させる場面設定によって、キャラクターを自分自身に重ね合わせることができ、その憎めないキャラクターに愛着が湧いたり、翻弄されているキャラクターに共感したりする。このように、男性ブランコのコントは、日常生活における他者との関わりを描き、人間の心を映し出して、観る者に共感を誘うようなコンテンツであると考えられる。
加えて、彼らのコントにおける「笑いの系統」は多種多様である。言葉遊びやおどけを見せたかと思えば、人間の弱さや愚かさを演じたり、はたまた、温かい心や生きる楽しさに触れたりするのである。これらのあらゆる要素が、教訓ではなく笑いとして、あらゆる形で5分程の作品の中に詰め込まれている。観る者もまた、ころころと変わる心機を楽しむことができる。このように、様々な概念からユーモアを見出している点で、男性ブランコのコントを本研究の題材にするに相応しいと考える。
←back/next→