3. 関係的自己の可変性について


 私たちは,常に単一不変の自己でいるわけではなく,場面や状況,対人関係に応じて多面的かつ可変的に変容させている。(Curtis, 1991 ; 佐久間,2000)

 対人関係の中での自己の変わりやすさ(可変性)は,セルフ・モニタリング (Gangestad & Snyder, 2000 ; Snyder, 1974 ; Snyder & Cantor, 1980)に関する研究では,柔軟で社会適応的な能力という肯定的な捉え方がある一方で,自己概念の分化度(Donahue et al, 1993)や,自己複数性(Altrocchi, 1999)という観点からおこなわれた研究では,自己の変化程度を自己の不安定さや一貫性のなさの表れであり自尊心の低さや不適応感,精神的不健康にもつながるという否定的影響も示されている。様々な人と関わりながら生活しているなかで,自己が多面化し変化することは,ごく自然なことと捉えられる。しかしながら,なぜ対人関係のなかで自己が変化するのかという動機についてもみながら,本研究では検討していく。

3-1. 関係的自己について

 「関係的自己」について,佐久間・無藤(2003)は,「実際の生活の中で様々な人々との関わりの中で経験される自己」と限定して定義した。特に,関係に応じた自己の変化に対する自覚について検討している。池江(2016)は,関係的自己について,「自己の多面性を示す概念であり,可変的で多面的な自己として捉えられる。」と述べている。本研究でも「関係的自己」の定義において,佐久間・無藤(2003)の定義にならい捉えることとする。


3-2. 変化動機について

 本研究で扱う「変化動機」とは,「人間関係に応じて自己が変化する際の動機」である。人間関係の中で生じる自己の変化において,佐久間・無藤(2003)は,関係的自己の可変性の理解を探るには,変化の程度だけではなく,その動機や意識を扱うことが重要であることを示した。また,それらを的確に捉えるためには,演技や隠蔽といった意識的で能動的な動機だけでなく,日本文化において特徴的な自然に,無意識に変化するという理由も含めるべきであると述べた。そして,佐久間・無藤(2003)は,自己の変化程度とその変化の「動機」の重要性に着目し,人間関係に応じて自己が変化する際の動機,すなわち変化動機を測定する変化動機尺度を作成した。研究の結果,関係を壊したくないといった「関係維持」,意識せず,自然に変化するといった「自然・無意識」,意識的に演じるといった「演技隠蔽」,関係の質を表す親密さや心を許している程度を示す「関係の質」の 4因子で構成された。また,男女別のt検定の結果より「関係維持」,「自然・無意識」,「関係の質」では,有意差がみられ,男女によって変化動機について違いがあることも示唆された。本研究では,回答者の対人関係の中で自己が変化するときの変化動機について,想定する場面を統一してより深く検討するため,「友人といるとき」という場面設定を設けて検討していく。また,変化動機について性差による違いがみられたことから,本研究でも性差による違いについて検討をする。


3-3. 自意識と変化動機の関連

 池江(2016)は,自意識と変化動機の関連について扱う研究をおこなっている。自意識と変化動機の関連を検討するため,相関分析をおこない,自意識尺度の下位尺度と変化動機尺度の下位尺度に関連があることを示している。池江(2016)は,分析の結果より変化動機尺度(佐久間・無藤,2003)の4因子について,松下・渋川(2008)にならい3因子を妥当として「関係維持」と「演技隠蔽」の2つをまとめて「意図的変化」と命名し構成している。しかし,本研究では,佐久間・無藤(2003)の変化動機尺度の4因子について,十分な内的整合性を確認することができれば,変化動機の違いについて詳しく検討するために,4因子で検討していきたい。また,相関関係だけでなく,重回帰分析をおこない自意識が変化動機に与える影響についても検討する。池江(2016)の調査は約10年前の2014年におこなわれた研究であり,現在に至るまでにSNSなどが広く普及するなど社会情勢が大きく変化していることから,対人関係にも変化が生じているのではないかと考えられる。そのため,現在では,先行研究とは異なった結果を得られる可能性もあると考えられる。 さらに,本研究では自意識と変化動機に加えて,同調行動の関連についても検討していく。どのような変化動機が同調行動に影響を与えているかについてみることで,対人関係における変化動機と同調行動との関連もみられるのではないかと考えられる。

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