5.心理的反応をポジティブにする要因
5−1. スキルの獲得
篠田・沢崎・篠田(2015)によると,心的不適応のリスク要因のひとつである「プランニングの弱さ」は不注意によって引き起こされている。大学に入学すると,履修科目の選択の選択や生活時間の使い方,友人関係,アルバイトなど,自ら行動を選択し実行する機会が増えるが,高校までの定型的な日課と支援は望めず,その都度自ら準備し対応することが求められることになる。つまり,生じた課題を分析し,対応戦略を決定し,さらに進歩状況をモニタリングしつつ適宜修正していく機能,いわゆる“実行機能”をいかんなく発揮していくことが求められる。諸問題に対して実行機能を発揮していくための対処スキルの獲得は,大学生活に適応し成果を上げる上で重要な鍵となる。
そこで本研究では,不注意と衝動性自覚のある大学生のスキルの獲得に着目する。実行機能を発揮していくために,自身の困難さに対してどのような対処方略を身に着けていくのかを具体的に検討する。
5−2. 自己理解
ADHD特性をもつ大学生の根本的な問題は,自分の特性を正確に理解できていないために現実の姿と自己理解がずれやすく的確な対応戦略がとれないことがある(篠田・沢崎,2012)。篠田・沢崎・篠田(2015)は,ADHDの症状を自覚している大学生の大学生活への適応不適応感を決定づけている要因の一つとして,自己定義の歪みを挙げている。ADHDの診断がある者は,発達の早期から行動上の問題を示し,特に児童期以降は適応戦略に失敗しては,否定的な評価を得るという悪循環に陥りやすいため,自己を客観的に眺めることに困難を感じやすい。不注意と衝動性自覚のある大学生においても,失敗経験からどのような自己理解を行うかが大学適応の要因になると考えられる。
そこで,本研究では不注意と衝動性自覚のある大学生が行った自己理解の過程に着目する。
5−3. 周囲のサポート
ADHD特性を持つ大学生に対する周囲の人からのサポートについて,篠田・沢崎(2012)は,学力の高い大学では,本人の自助資源もさることながら,家族や友人,教職員から提供されるナチュラルサポートも潤沢で,自主的に支援を求めつつ無事に大学生活を切り抜けていく場合も少なくないと述べている。ADHDの症状が強い者は,スキルの定着に難しさがあり,目標を見失ったり,脇道にそれたり,脱落しそうになることもよくある。このことから,支援者はスキルを一方的に提供するのではなく,学生の情緒の傷つきに寄り添い,協働して日常生活の適応を促すパートナーとなることも必要である(篠田・沢崎・篠田,2015)。よって,本研究では不注意と衝動性自覚のある大学生が得てきた周囲のサポートにも焦点を当て,その具体的内容も検討していく。
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