6.質的研究について
6−1.質的研究の意義
本研究では,質的研究を行う。量的研究では,人間を環境から独立した閉鎖システムとして捉える。具体的には,知能や性格は個人の中にあり,それを何らかの形で数値化できると考え,だからこそ人間の中に,外界から孤立した知能や性格があると考える。しかし,質的研究においては,人間と環境を一種のシステムとして考え,環境と常に交流・相互作用している開放システムとして捉える(サトウ,2009)。また,サトウ・安田・木戸・高田・ヴァルシナー(2006)によると,質的研究は,発達径路の多様性・複数性を見極めることを重要視する。
以上より,本研究では被験者と被験者を取り巻く背景を意識し,不注意と衝動性自覚がある大学生それぞれの大学適応過程を一般化することを目的とせず,経験の具体性や個別性を重視するために質的研究を行う。
6−2.複線経路等至性モデル(Trajectory Equifinality Model:TEM)
複線経路等至性モデル(Trajectory Equifinality Model:TEM)は非可逆的時間を軸にすることで,個人独自の文脈や体験の流れの分析と,個人間の比較を同時に実現する。等至点,必須通過点,分岐点などの概念を用いて複数の個人の体験の流れ,あるいは個人のなかに可能性的に存在する概念をもちいて複数の体験の流れを分析する方法である(サトウ,2009)。
質的研究の例として,KJ法やGTA(グラウンデット・セオリー・アプローチ)が挙げられる。サトウ(2009)によると,結果的に時間を書き入れる場合があり,最後に得た図式によって時間の流れやプロセスについて理解が深まることはあるが,データの扱いの最初の時点で時間は捨象されている。そのため,時間そのものを描くTEMとは異なると述べている。
また,サトウ(2009)は,TEMは一般化など目的としていない,唯一無二の個を深く理解することが目的であり,カテゴリーの境界設定自体の適切さ,妥当性の吟味であることも述べている。
本研究では,質的研究法の1つである複線経路等至性モデル(Trajectory Equifinality Model:TEM)を用いる。複線経路等至性モデル(Trajectory Equifinality Model:TEM)は,個々人がそれぞれ多様な経路を辿っていたとしても,等しく到達する等至点(Equifinality Point:EFP)があるという考え方を基本とし(安田,2005),人間の発達や人生経路の多様性・複線性の時間的変容を捉える分析・思考の枠組みモデルである(荒川・安田・サトウ,2012)。被験者の体験の非可逆的時間を軸にし,プロセスを描くことで,被験者について深く理解することにつながり,被験者間の比較が可能になると考える。
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