2.痩身願望とダイエット行動について


2−1. 痩身願望について

 人々が痩身願望を持つのはどうしてだろうか.痩身願望の心理的要因に関連する研究は多くなされている.宇井・曽谷(2003)は,異性から魅力的に思われたいという期待やかわいらしい女の子でありたいという願望,承認を得たいという他者への志向性が痩身願望を高めることを示した.森他(2012)は,女子大学生が,テレビや雑誌などのメディアの影響で,痩身を理想的な体型として内面化することが痩身願望を高める傾向があると示した.また,諸井他(2008)は,雑誌で痩せた体型に触れることで,痩身願望が増幅し,不健康なダイエット行動が促進されることを示した.女子青年における痩身願望について馬場・菅原(2000)は,「女性性の保持」,「魅力のアピール」,「自己不全感からの脱却」といった欲求を「痩身」という一つの手段を用いて満たそうとすることによって高まると述べている。

 成年男子では,浦上他(2009)は,健康的な痩身願望と対人関係などの社会的な葛藤から生じる不健康な痩身願望に分けて捉えることに言及している.鈴木・伊藤(2001)は,女性は女性性受容が異性意識を高めることを介して摂食障害傾向を高めることが示された.痩身願望を持つ心理的要因は個人によって異なるのはもちろんだが,男性では健康的な痩身を目指す心理的要因が認められるのに対して,女性では性役割や魅力を強く意識した心理的要因が認められる.また,痩身になることにより,現在の自己を変えることで自己不全感や対人関係などの社会的な葛藤から逃れたいという欲求も認められる.現代は,よりICTが発達し,瞬時に情報を共有することができるため,痩身願望により大きな影響を及ぼす可能性があると考えられる.このように,痩身であることに価値がおかれる社会や文化に置かれた人々は,他者からの賞賛や評価,メディアなどの痩身圧力に晒されているといえる.

 痩身願望について検討された先行研究は,近年男性を対象に入れたものも増加している.高橋他(2004)は,標準体重とされるBMI22以下の男子高校生の36.4%,男子専門学校生の30.6%,大学生の37.4%が痩せ願望を持つと述べ.早野(2002)は男子大学生の約54%が「肥満になることが怖い」,約22%が「痩せることで頭が一杯である」と回答した結果を示し,痩身願望が男性社会の中でも強まりつつあることを明らかにした.また,日本摂食障害学会(2012)によると摂食障害患者の90%が10〜30代の女性であり,馬場・菅原(1998)は,女子大学生は男子大学生に比べ,ダイエット経験率や痩せたいという意識が高く,痩身への強いこだわりを明らかにした.よって,依然として男性よりも女性の痩身に対するこだわりは強いのではないかと考えられる. よって,本研究では,生物学上の性別である男性,女性ともに調査の対象とする.


2−2. ダイエット行動について

 中村他(2005)はダイエット行動を,「食事制限や運動など,やせるため,身体を引き締めるため,太らないために本人が意識的にとる行動と定義している」.

 近年,痩身願望や身体に対する不満感などから,健康な体重であるにもかかわらず,痩身を目指して具体的な行動をとるダイエット行動が,人々の間で増加している.池田・遠藤(1998)は,調査対象の女子大学生87.2%がダイエット経験者であり,金田他(2004)は,調査対象の高校生女子 のうち,51.5%が実際にダイエットを行っていることを明らかにした.ダイエット行動を起こす要因として,鈴木(2012)は,従来は病理の原因や肥満の解決手段という観点から検討されてきた痩身希求行動および痩身を,装いの枠組みで検討し,他者に受容されるために痩身を求め,その目的達成の手段として痩身希求行動が行われていることを明らかにした.

 また,過度なダイエットによる痩せすぎた体型は,心身ともに様々な悪影響をもたらす.まず,鈴木・伊藤(2001)は神経性無食欲症(Anorexia Nervosa : AN)や神経性大食症(Bulimia Nervosa : BN)などの摂食障害の原因となると述べている.林(2019)は,身体的な症状として,栄養欠乏状態や無月経,低血圧・不整脈などの健康障害を招くことを示唆した.これらのことから,痩身願望を持ち,痩身に向けて過度に食生活を意識して不健康な行動を起こすことが身体の健康に悪影響を及ぼすと考えられる.Abrams, Allem, & Gray(1993)は,痩身願望の強さが抑うつ傾向や不安,自尊感情の低さそれぞれと有意な正の相関関係であることを明らかにした.また,田崎(2007)は痩身願望の強い女子学生は,自尊感情が低く,さらに特性不安が高いことの結果として,情動的摂食や外発的摂食が起こり,心理的安定感が失われ,意欲や体調に負の影響があると示した.Polivy(1996)は,精神的な症状として,食べ物への過度の囚われや注意力散漫・焦燥感・疲労感・過食を挙げた.

 次に,ダイエット行動について,松本他(1997)はダイエット行動を構造的ダイエットと非構造的ダイエットに分類した.構造的ダイエットとは,「甘いものやカカロリーの高いものを食べるのをさける.」など徐々に時間をかけて体重を減らしていくような比較的健康的なダイエット方法である.非構造的ダイエットとは,「1週間で3キロ以上やせようとして,低カロリーな食事をする.」などの急激に体重を減らしていくような摂食障害をはじめ様々な健康問題を引き起こす恐れのある不健康なダイエット方法である.摂食障害傾向が高くなるにつれて,構造的ダイエットも非構造的ダイエットも高頻度で行うようになるが,特に非構造的ダイエットの頻度が高いことを示した.摂食障害傾向とダイエット行動の違いについての検討はなされているが,痩身願望の強さがダイエット行動に与える影響はあるのだろうか.また,ダイエット行動の違いは精神的健康状態にどのような影響を与えるのだろうか.本研究では,インターネット利用動機や痩身願望,精神的健康状態に焦点を当て,それぞれとダイエット行動の違いについて検討をしていく.

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