考察
2. 過剰適応とストレス対処方略の関連について
仮説Bの検討のため,自意識尺度の下位尺度である「公的自意識」,「私的自意識」,ストレスコーピング尺度の下位尺度である「情報収集」,「放棄・諦め」,「肯定的解釈」,「計画立案」,「回避的思考」,「気晴らし」,「カタルシス」,「責任転嫁」を独立変数とし,青年期前期用過剰適応尺度の下位尺度である「他者配慮」,「期待に沿う努力」,「人からよく思われたい欲求」,「自己抑制」,「自己不全感」を従属変数として重回帰分析を行った.
重回帰分析の結果,青年期前期用過剰適応尺度の「他者配慮」は,「計画立案」に対して有意な正の影響,ストレスコーピング尺度の「放棄・諦め」,「責任転嫁」に対して有意な負の影響がみられた.「人からよく思われたい欲求」は,「放棄・諦め」,「気晴らし」,「カタルシス」に対して有意な正の影響がみられた.「自己抑制」は,「情報収集」,「カタルシス」に対して有意な負の影響がみられた.「自己不全感」は,「放棄・諦め」,「責任転嫁」に対して有意な正の影響,「肯定的解釈」,「計画立案」に対して有意な負の影響がみられた.
まず,青年期前期用過剰適応尺度の「他者配慮」が,ストレスコーピング尺度の「計画立案」に正の影響を示したことについて,相手がどんな気持ちか考える程度や人がしてほしいことは何か考える程度と,原因を検討し,解決のための計画を練るストレス対処方略に関連があることを示している.「他者配慮」には,人を思いやって行動する反面,つらいことがあっても我慢する,「自分さえ我慢すればいい」と思う,というように,自分の欲求や感情を無視する,我慢する内容が含まれている.このことから,自分の感情整理への優先度の低さが伺える.ゆえに,つらいと思っていてもそれを我慢し,自分に必要な課題解決を一番に考えた問題焦点型の計画立案ができるのではないかと考えた.「計画立案」は,問題焦点型のストレス対処方略であるため,過剰適応から問題焦点型のストレス対処方略への正の影響が認められた.また,「他者配慮」が,ストレスコーピング尺度の「放棄・諦め」,「責任転嫁」に負の影響を示したことについて,相手がどんな気持ちか考える程度や人がしてほしいことは何か考える程度と,どうすることもできないと解決を諦めるストレス対処方略,自分は悪くないと言い逃れをするストレス対処方略に関連があることを示している.前述の通り,「他者配慮」には,自分の欲求や感情を無視する,我慢する内容が含まれている.倉光(2000)によれば,諦めとは,自分の欲求が完全に満たされえないことを正しく認識することであるとされており,自分の欲求をそもそも無視している過剰適応では,諦めに繋がらないと考えられる.
また,「他者配慮」には,相手がどんな気持ちか考えることが多い,とにかく人の役に立ちたいといった,他者志向の内容も含まれており,他者への有用感を重要視していることから,責任を他の人に押しつけるのではなく,自分自身で解決に向かう姿勢を持つのではないかと考えた.「放棄・諦め」,「責任転嫁」は,情動焦点型のストレス対処方略であるため,過剰適応から情動焦点型のストレス対処方略への負の影響が認められた.
「人からよく思われたい欲求」が,ストレスコーピング尺度の「放棄・諦め」,「気晴らし」,「カタルシス」に正の影響を示したことについて,人から気に入られたい,よく思われたいという程度と,どうすることもできないと解決を諦めるストレス対処方略,スポーツや旅行などを楽しむストレス対処方略,誰かに話をきいてもらい気持ちを晴らすストレス対処方略に関連があることを示している.「人からよく思われたい欲求」には,自分をよく見せたいと思う,人から認めてもらいたいと思うといった承認欲求が含まれている.石川・石隈・濱口(2005)は,過剰適応と,自分以外の他者を尊敬し,価値ある人間であると考える他尊感情との関わりを指摘しており,「人からよく思われたい欲求」は,このように他者を自分よりも価値があるものとみなした考えから来ているものと考えられる.ゆえに,誰かに話をきいてもらう,誰かに愚痴を聞いてもらうといった,他者への相談を中心としたストレス対処方略である「カタルシス」への正の影響があるのではないかと考えた.また,自分への自信のなさから,解決を諦める「放棄・諦め」や,好きなことをしてストレス発散を行う「気晴らし」といった逃避行動へ移るのではないかと考えた.「放棄・諦め」,「気晴らし」,「カタルシス」は,情動焦点型のストレス対処方略であるため,過剰適応から情動焦点型のストレス対処方略への正の影響が認められた.岩永・横山・坂田・尾関(2008)の研究では,承認欲求が強い防衛的悲観主義から情動焦点型のストレス対処方略へ正の影響が認められており,この研究結果を支持するものとなった.
「自己抑制」が,ストレスコーピング尺度の「情報収集」,「カタルシス」に負の影響を示したことについて,自分の気持ちをおさえる程度と,自分に必要な情報を収集するストレス対処方略,誰かに話をきいてもらい気持ちを晴らすストレス対処方略に関連があることを示している.「自己抑制」は,思っていることを口にしない,心に思っていることを人に伝えないといった内容を含んでおり,自己開示の難しさが顕著に表れる.「情報収集」は,力のある人に教えを受けて,解決しようとする,詳しい人から,自分に必要な情報を収集する,既に経験した人から,話をきいて参考にするといった3つの設問で構成されており,いずれも他者から情報を集めるものとなっている.他者から課題解決のための情報収集を行う場合,たいていは自分の課題についても話す必要があるため,自己開示が難しい人は,情報収集へ消極的になるのではないかと考えた.さらに,誰かに話をきいてもらう,誰かに愚痴を聞いてもらうといった,他者への相談を中心としたストレス対処方略である「カタルシス」についても,同様に,消極的になることが考えられる.吉川・斎藤・衛藤(2002)は、過剰適応者の特徴として、「人に対する不信」があることを主張しており、Kurman(2011)は、過剰適応者における、他者に対するネガティブな認識であるシニシズムが、対人的不信を加速することを指摘している。本研究の結果は、これらの主張を支持するものとなった。「情報収集」は問題解決型,「カタルシス」は情動焦点型のストレス対処方略であるため,過剰適応から問題解決型,情動焦点型それぞれのストレス対処方略への正の影響が認められた.
「自己不全感」が,ストレスコーピング尺度の「放棄・諦め」,「責任転嫁」に正の影響を示したことについて,自分への自信のなさや孤独に感じる程度と,どうすることもできないと解決を諦めるストレス対処方略,自分は悪くないと言い逃れをするストレス対処方略に関連があることを示している.「自己不全感」は,過剰適応の特徴として石津他(2009)が挙げる、「自分らしさがない」、「自分に自信がない」といった自尊感情の不全が内容に含まれている。感受したストレス課題に対し、解決する自信を感じにくいため、解決を諦めたり、他の人へ責任を押しつけたりすることが考えられる。益子(2008)は、このような自尊感情の低下が抑うつ感につながることを指摘しており、抑うつ感は課題を解決しようという前向きな姿勢を妨害するために、結果、課題解決の諦めを引き起こすのではないかと考えた。「放棄・諦め」、「カタルシス」は情動焦点型のストレス対処方略であるため,過剰適応から情動焦点型のストレス対処方略への正の影響が認められた.また,「自己不全感」が,ストレスコーピング尺度の「肯定的解釈」,「計画立案」に負の影響を示したことについて,自分への自信のなさや孤独に感じる程度と,悪い面だけでなく,良い面を見つけていくストレス対処方略,原因を検討し,解決のための計画を練るストレス対処方略に関連があることを示している.「自己不全感」は、前述の通り、自分に自信がないことを示しており、抑うつ感から、ストレスを感受した場合にも、ネガティブ思考をもつことが予想される。「肯定的解釈」は、悪いことばかりではないと楽観的に考える、今後は良いこともあるだろうと考えるといった、楽観的で前向きな内容が多く含まれており、ネガティブな思考とは正反対であることから、このような解釈を行うとは考えにくい。伊藤・上里(2001)の研究では、『その人にとって否定的・嫌悪的な事柄(ネガティブなこと)を長い間、繰り返し考えること』をネガティブな反すうの定義とした上で、自尊感情の低下がネガティブな反すうにつながることを主張している。自尊感情の低さを示す「自己不全感」が、「肯定的解釈」負の影響を与えたことは、伊藤他(2001)の主張を支持するものであるといえる。また、課題解決への希望を感じにくいため、自ら計画を立て、行動することも難しいと考えられる。「計画立案」は問題解決型,「肯定的解釈」は情動焦点型のストレス対処方略であるため,過剰適応から問題解決型,情動焦点型それぞれのストレス対処方略への負の影響が認められた.
仮説検討として、情動焦点型のストレス対処方略である、「放棄・諦め」、「肯定的解釈」、「回避的思考」、「気晴らし」、「カタルシス」、「責任転嫁」に限って考察をまとめる。「他者配慮」から「放棄・諦め」、「責任転嫁」、「自己不全感」から「肯定的解釈」にそれぞれ負の影響がみられた。しかし、「人からよく思われたい欲求」から、「放棄・諦め」、「気晴らし」、「カタルシス」に、「自己不全感」から、「放棄・諦め」、「責任転嫁」にそれぞれ正の影響がみられたことから、仮説B『過剰適応傾向が高い人ほど,感情の制御に重点をおいた情動焦点型のストレス対処方略を行い,「放棄・諦め」、「肯定的解釈」、「回避的思考」、「気晴らし」、「カタルシス」、「責任転嫁」得点が高くなると考えられる.』は、一部支持された。
また、問題焦点型のストレス対処方略である、「情報収集」、「計画立案」に限って考察をまとめる。「自己抑制」から「情報収集」、「自己不全感」から「計画立案」に、それぞれ負の影響がみられ、「他者配慮」から、「計画立案」への正の影響がみられた。「自己抑制」と「自己不全感」に共通する過剰適応の特徴として、自分への自身のなさが考えられる。前述の通り、北村(1965)は、社会的・文化的環境への適応を表す「外的適応」と、心理的な安定や満足といった自己の内面への適応を表す「内的適応」に分けられ、内的適応がおろそかで外的適応が過剰である状態を過剰適応であると主張している。問題焦点型のストレス対処方略に負の影響を与えた「自己抑制」、「自己不全感」は、いずれも「内的適応」が不十分であるため、課題解決への意志が失われるのではないかと考えた。一方、問題焦点型のストレス対処方略に正の影響を与えた「他者配慮」は、他者のために行動する「外的適応」の要素が強く、社会的に有用であろうとする思いから、課題解決に積極的に取り組むことができると考えた。
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