考察
1. 過剰適応と内省の関連について
仮説@,Aの検討のため,青年期前期用過剰適応尺度の下位尺度「他者配慮」,「期待に沿う努力」,「人からよく思われたい欲求」,「自己抑制」,「自己不全感」と自意識尺度の下位尺度である「公的自意識」,「私的自意識」の相関係数を求めた.また,自意識尺度の下位尺度「公的自意識」,「私的自意識」を独立変数とし,青年期前期用過剰適応尺度の下位尺度「他者配慮」,「期待に沿う努力」,「人からよく思われたい欲求」,「自己抑制」,「自己不全感」をそれぞれ従属変数として重回帰分析を行った.
相関係数の算出と重回帰分析の結果,青年期前期用過剰適応尺度の「期待に沿う努力」,「人からよく思われたい欲求」は,それぞれ自意識尺度の「公的自意識」に対して有意な正の相関,有意な正の影響がみられた.また,「他者配慮」は,自意識尺度の「私的自意識」に対して有意な正の相関,有意な正の影響がみられた.「自己抑制」は,自意識尺度の「私的自意識」に対して有意な負の相関,有意な負の影響がみられた.
まず,青年期前期用過剰適応尺度の「期待に沿う努力」が,自意識尺度の「公的自意識」に正の相関と正の影響を示したことについて,他者からの期待にこたえたいという思いや,そのための努力程度と,自分が他人にどう思われているか気になる,他人からの評価を考えながら行動するという自意識に関連があることを示している.「期待に沿う努力」には,人からほめてもらえるようにがんばる,期待にこたえるために努力するなどのポジティブな行動だけでなく,期待にこたえないとしかられそうで心配になる,自分の価値がなくなってしまうのではないかと心配になる,というように,他者からの叱責や価値の損失を恐れる内容が含まれている.このことから,他者の様子や評価を意識することで,他者の期待にこたえたいという純粋な気持ちに加え,がっかりさせたくないという怯えに近い気持ちが影響しているのではないかと考えた.
次に,「人からよく思われたい欲求」が,自意識尺度の「公的自意識」に正の相関と正の影響を示したことについて,人から気に入られたい,よく思われたい程度と,自分が他人にどう思われているか気になる,他人からの評価を考えながら行動するという自意識に関連があることを示している.「人からよく思われたい欲求」の中には,相手にきらわれないように行動するという動機も含まれており,他者に対する怯えや集団での立場を意識していることが考えられる.自分がしたいことよりも他者の反応に敏感であり,自分をよりよく見せたいという思いが影響しているのではないかと考えた.以上の考察より,仮説@『過剰適応傾向が高い人ほど,他者からの評価的態度に敏感であるため,自分が他人にどう思われているか気になる,他人からの評価を考えながら行動するといった「公的自意識」得点が高くなると考えられる.』は支持された.また,益子(2010)の研究で示された,「人からよく思われたい欲求」と「私的自意識」の有意な正の相関について,本研究でも同様に有意な正の相関がみられ,有意な正の影響はみられなかった.「人からよく思われたい欲求」と「私的自意識」に正の相関がみられた理由として,『これらの変数はともに自己の内的状態への関心を示すものであるため,関連がみられた』(益子,2010)という考えを支持するものとなった.
次に,「他者配慮」が,自意識尺度の「私的自意識」に正の相関と正の影響を示したことについて,相手がどんな気持ちか考える程度と,自分は本当は何がしたいのか考えながら行動する,自分の気持ちを理解しようとするという自意識に関連があることを示している.「他者配慮」には,相手がどんな気持ちか考えることが多い,人がしてほしいことは何かと考えるという内容も含まれており,人の内面への興味の高さが伺える.他者の内面だけでなく,自分の内面にも焦点を当て,内省を行う頻度が高いのではないかと考えた.また,過剰適応はストレスを周囲に示さず,自己の内部に蓄積させる傾向がある(加藤他,2011).他者との関わりの中で,自己を抑制し他者を優先した分,自分の欲求や感情を振り返る内省を行うのではないかとも考えた.
最後に,「自己抑制」が,自意識尺度の「私的自意識」に負の相関と負の影響を示したことについて,自分の気持ちをおさえる程度と,自分がどんな人間か自覚しようとつとめる,自分を一歩離れた所からながめるという自意識に関連があることを示している.「自己抑制」には,相手と違うことを思っていても,それを相手に伝えないという内容も含まれている.さらに,過剰適応の特徴として,相手が傷つかないよう細かい配慮をしたり, 過剰に優しく振る舞う傾向がある (土井,2004).このように相手への過剰な配慮を繰り返し,自己の心に生じた感情に向き合うことを避けることで,自分の欲求について思慮することを避け,「自分は本当はどうしたいのか」という推測すら生じないのではないかと考えた.
自意識尺度の各下位尺度に対し,有意な負の相関,負の影響がみられたのは,「自己抑制」のみであった.「自己抑制」は「私的自意識」に対して負の相関,負の影響を示したが,「他者配慮」が「私的自意識」に対して正の相関,正の影響を示したことをふまえ,仮説A『過剰適応傾向が高い人ほど,自分自身を低く評価しがちであるため,自己の行動を振り返り反省する「私的自意識」得点が高くなると考えられる.』は一部支持された.北村(1965)は、社会的・文化的環境への適応を表す「外的適応」と、心理的な安定や満足といった自己の内面への適応を表す「内的適応」に分けられ、内的適応がおろそかで外的適応が過剰である状態を過剰適応であると主張している。「私的自意識」に対して負の相関、負の影響を与えた「自己抑制」は自己の「内的適応」が不十分であるため、自己理解に欠け、内省に至らないのではないかと考えられる。一方、「私的自意識」に対して正の相関、正の影響を与えた「他者配慮」は、他者の気持ちを理解しようとする「外的適応」の要素が強く、自他どちらの感情変化にも敏感であると考えられるため、内省を行うのではないかと考えた。
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