4.一人でいられる能力


 Winnicott(1958)は,「一人でいる」ことを,孤独や恐怖,引きこもりといった否定的側面から捉えるのではなく,肯定的側面に着目した。そのような中で注目されている能力が,「一人でいられる能力the capacity to be alone(CBA)」である。

 現代の若者にとって,「一人でいる」ということは,どのような意味を持つのだろうか。 現代青年はひとりでいることを好み,孤独に対しての耐性を持っている傾向がみられる。加えて,現代はメールや電話などで親しい人とすぐに連絡が取れることから,孤独を意識しにくくなっているのではないかという指摘がある(今泉・西谷,2012)。すなわち,多くの現代青年はひとりでいることをネガティブに捉えてはいないと考えられる(川原井,2020)。

 一方で,青年期における“ひとりでいられなさ”と精神的自立の関係を検討した吉田(2001)では,若者の中にはひとりでいることをネガティブに捉え,孤立状態を嫌悪し,回避しようとする傾向がある人がいることが分かった。そして,ひとりでいられる人とそうでない人とでは精神的自立に関与する要因が異なっていることが分かった。人間は分かり合えることも多いが,人によって価値観が異なり,分かり合えないことも多い。それを吉田(2001)では「人間の個別性の自覚」と呼ぶ。「人間の個別性の自覚」は,「共感への気付き」に比べて発達的に高次な感覚である。青年期という時期に関して吉田(2001)は,本来人間はひとりであるという個別性の顕在化によって寂しさを感じつつも,他者との共感・理解には限界があることに気付いていく時期であると指摘する。これに関しては,物事の価値観や意見で共感し,分かり合えたと感じた経験があるからこそ,互いにぶつかり合い分かり合えない出来事に直面した際に人間の個別性を実感するのであると考える。また同じく吉田(2001)では,ひとりでいられない人は,「人間の個別性の自覚」の発達が未熟であったということが分かっている。

 このように,ひとりでいられない人は精神的に未熟な状態にあり,精神的自立が未達成であると考えられているが,一方で,“ひとりでいられなさ”と精神的成熟が関連を示すものもあった。こうしたことから,ひとりでいられない人の未熟さは,他者との交流の欲求それ自体よりもむしろ,その欲求をコントロールする自我能力の未発達によるもの(吉田,2001)と考察されていることにも着目したい。つまり,ひとりでいられない人は,自分が一人でいる状況を孤独というマイナスな状況として捉え,それを自分で受け入れることが難しいがために他者との交流を求めると考えられている。逆に言えば,ひとりでいられる能力が高い人は,特定の信頼できる対象の存在を持ち,安心感を求める傾向があるが,そこに依存しすぎることはないと考えることができる(川原井,2020)。

 そういった観点では,ひとりでいられる能力は,精神の発達の過程で非常に重要なものと考えられる。また,孤独感は生きていく上で不可欠なものであり,受け入れていくものだと指摘されている(吉田,2014)。つまり,ひとりでいても極端に寂しさや不安を感じることなく過ごせることは,精神発達の過程で重要なものと考えられ,特に自立という意味で重要であると言える。

 そして,一人でいられる能力と主観的幸福感の関連を検討した尾花・古波藏(2023)は,一人でいられる能力を獲得しているほど主観的幸福感が高く,心理的健康が良好であると示唆している。このことから,一人の時間を楽しみ,有意義なものにできる人は,心理的にポジティブに生活することができるのではないかと予想できる。

 以上から,一人でいられる能力を獲得していることは,人生における幸福感や,精神的健康に大きく影響を与えることが予想できる。

 ここまで一人でいられる能力は,青年期の発達段階において重要な力であると述べたが,この能力に性差はあるのだろうか。先行研究によると,尾花・古波藏(2023)では,ひとりでいられる能力の性差は確認されなかった。しかし一方で川原井(2020)の研究では,ひとりでいられる能力は,女性が男性に比べ高い傾向が見られている。これに関しては,女性は普段から他者と密に接しているため,ひとりでいることをあえて望み,高くなったのではないかと考えられている。また,同じく(川原井,2020)では,一人でいられる能力は男性にとっては年齢と共に獲得されていく能力であるが,女性は年を重ねるだけでは獲得されず,他者との関わりが特に影響を及ぼしながら身についていく能力であるのではないかと考えられた。このように,日常での他者との関わり方が一人でいられる能力の獲得に影響していると考えられ,本研究では,親子関係の親密さが,一人でいられる能力にどのような影響を及ぼしているのかを検討する。



back/next