3. 友達親子
3−1. 青年期の親子関係
青年期は,肉体的にも心理的にも,子どもから大人へと大きく成長する時期である。そして自分という存在を強く自覚し,悩みや不安が多くなる動揺の時期であるともいえる。特に青年期後期にあたる大学生は,そのような時期を経て自己を確立し,成人期へと移行する大切な時期なのである。
まず,青年期以前の親子関係を調査した姜・山崎(2015)では,小学校高学年の児童を対象に子どもの認知する親の養育態度と意欲の関連について検討した。そこでは親が子どもの嬉しい気持ちや楽しい気持ちなどのポジティブな感情を,日常的なコミュニケーションの中で共有することは,意欲を向上させると指摘している。一方で,子どもの落ち込みや悲しみなどのネガティブな感情に対し,親がなぐさめたり励ましたりすることで自己への自信に繋げることができ,恥や失敗を恐れずに様々なことに興味関心を示し,挑戦する姿勢が身に付くのではないかと示唆している(姜・山崎,2015)。また水本・山根(2011)の調査では,幼少期から築かれた親との関係を基盤として,自己の価値を認めることができると報告している。このことから,青年期以前の親子関係としては,様々な気持ちを共有することで子どもの気持ちを前向きにさせるような良い影響があると分かる。
こうした先行研究では,幼少期の親子関係を扱ったものが多く,近年の青年期の親子関係について詳しく調査する研究は多くはない。よって本研究では,青年期の親子関係を取り上げることに意味があると考える。
3−2. 親子関係の性差
親子関係を性別の観点で見ると,父-息子,父-娘,母-息子,母-娘の4つの組み合わせが考えられる。大学生の人格形成について検討した武田・大科(2008)は,大学生の人格形成は,親,特に母親との関係が緊密なほど,社交性が高く不安度や攻撃性が低いという望ましい人格を形成していると指摘する。また赤澤・水上・小林(2009)は,青年期は「親からの心理的離乳の時期であり,親からの独立を望みつつも依存と自立の間を揺れ動く時期」と指摘する。そして青年期の世代の子とその家族を対象に,家族成員間のコミュニケーションについて検討した結果,身近な存在である母親の影響を大きく受けることが分かった。このことから,子は父親よりも母親の影響を受けていることが考えられる。
しかし近年女性の社会進出が一般的になり,共働き世帯も増加している。伝統的な性別役割分業も一定数根強く残りつつも,家事労働や子育てを夫婦が共同して行う意識が広がり始めている。そのため近年の,父親・母親が子どもに与える影響やその性差は,変化がみられるのではないかと予想できる。
本研究では,母と娘,父と息子というように,同性の親子関係に焦点をあてて研究を進める。過去の先行研究では,「母子間」や「母娘関係」などというように母親とその子どもについて検討しているものが多い。そこで本研究では,両性に目を向け,性差に関しても研究する。
3−3. 友達親子
近年,「友達親子」と表現されるように,「親子関係の友達化」の広まりが注目されている。「中学生・高校生の生活と意識調査」(NHK放送文化研究所,2022)の過去40年間の推移をみると,中学生・高校生とも「友達」に相談する人が減り,「お母さん」に相談する人が増えている。親の方は,子どもに対してどういう親でありたいか,という質問に対して,「子どもに尊敬されるような権威のある親」と回答した父親は35.8%,母親は9.5%であった。一方,「何でも話し合える友達のような親」と回答した父親は62.8%,母親は89.5%であった。特に母親は子どもに対して厳しく接するのではなく,友達のように仲良く対等な関係を築きたいと考える傾向が半数以上を示していた。近年のこうした傾向により,親子関係は,親は子どもよりも立場が上であり権力があると考える縦の関係から,同じ目線に立つ友達のような横の関係を築く親子が増えてきていると考えられる。
加えて,黒沢(2010)は,2000年代と比較すると,現代は親子関係がより親密になっていることを指摘する。子は,友達や学校での出来事を親とよく会話する子どもが増え,会話頻度が増えている傾向がうかがえる。また親は,勉強を教え,相談にのり,子を褒めるなどの肯定的なかかわりが増えているという。それに伴い,子に干渉しすぎることや,強制的に何かに取り組ませたりするような否定的なかかわりは減っている。このような傾向や,先に述べた反抗期経験のない人の増加が,「友達親子」化が進むことに関連すると報告している。
このように,近年は上下の関係ではなく,対等な関係性を保つ親子が増加する傾向にある。そこで本研究では,「親子関係の友達化」の進行,そして「友達親子」の在り方に着目し,研究を進める。
そして本研究では,友達親子の定義としては,須藤(2022)をもとに,「子が親と,同じ時代の中で『友達』になる現象であり,親と子が同じ時代を同じ目線で共有しようとする状態」という定義を用いる。そしてあくまでも友達親子はお互いが精神的に自立をしている状態を目指す関係性ということを前提に,研究を進める。
「親子関係の友達化」について須藤(2021)は,母娘関係をPBI(Parental Bonding Instrument)尺度および対母親chumship 体験尺度を用いて測定し,娘の自尊感情との関連を検討した。その結果,大学生女子が想起した16歳までの母親の養育態度のうち,「養護」「母親との連帯・共有の強さ」「母親との同一化」の傾向が強いほど,自尊感情が高いことが示唆された。つまり,暖かく親しみのある関わり方で娘に寄り添っている母親には,娘は母親と連帯感を感じ何でも話せる間柄となり,さらに母に憧れや好感を抱く傾向があると考えられる。
しかし,友達親子関係は,互いにとって良い効果ばかりではない。親と子どもが友達のように仲良く過ごすことで信頼関係が生まれるが,一方で,友達親子関係の負の影響についての指摘も存在する。例えば須藤(2022)は,娘にとって母親は,世代が異なり乗り越えるべき存在であるため,現実の母親と対等な友達のような親子関係を築くことは,いつまでも二人だけのカプセルにとどまったままで互いに依存関係となる可能性を示唆する。そして自立が阻まれてしまうのではないかと指摘する。
先に述べた須藤(2021)で用いられた対母親chumship 体験尺度は因子1が「母親との連帯・共有の強さ」,因子2が「母親との同一化」の2因子構造である。項目を見ると,「他の人には話さないことでも母親には話した」「母親との間で連帯感を感じた」「母親にあこがれの気持ちを持っていた」などの,友達親子としての肯定的な面に着目したものがある。一方で,「なにかにつけて一緒に行動した」や「母親がいないとさびしくなった」「できるだけ二人でいたいと思った」などの,依存的で常に相手を求めるような,程度を超えた項目も見受けられる。つまり,度を超えた友達親子関係は,相手がいなければ何も手に付かなくなるというような状況を生み出す可能性があり,精神的自立に支障をきたすということも考えられる。
こうした点で,ひたすら親子二人だけの空間で育ってきた青年には,「一人でいる」ということに抵抗を感じるのではないかと予想できる。しかし,親と仲が良く,良好な友達親子関係でいることができている青年は,「一人でいる」ことにそこまで抵抗を感じることなく,一人の時間も楽しむことができるのではないだろうか。
そのため本研究では,友達親子関係と精神的自立の関係を検討する。
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