【問題と目的】

 
2.先延ばし傾向
本来今すぐに取り掛かるべきことや,やらなければいけないことを「今度やろう」と後回しにしてしまうことがある。
このことは,先延ばし行動(Procrastination)と呼ばれている。先延ばし行動は日常の些細な場面や学習場面に見られるが,特に課題や定期テストなどがある学生によくみられるといわれている。
Ellis & Knaus(1977)の先行研究では,アメリカの大学生のうち70%以上が学習場面において先延ばし行動をしてしまうと報告されている。
また,林(2007)は先延ばしについて,学生や一般人の多くが体験したことのある問題であることを指摘している。やらなければいけない課題を面倒に思ったり,自分には難しいと感じてつい後回しにしてしまった結果,締め切りに間に合わなかったり,間に合ったとしてもミスがあるという状況は,誰しもが経験したことのある典型的な先延ばしといえるだろう。

先延ばし(procrastination)と遅延(delay)の違いとして,先延ばし行動の背景には多くの場合,先延ばしするものとは別の物事への興味関心による他事優先が挙げられる。
また,気づかなかった・忘れていた・間に合わなかったなどといった結果起こる遅延とは異なり,先延ばしはあくまで自発的に行うものであることが特徴である。
従来の先延ばし研究では,先延ばし行動を「達成すべき課題を遅らせる非合理的な傾向」(Lay,1986)や,「自分にとって好ましくない結果になるとわかっていながら,やらなければいけないことを自発的に延期すること」(Steel,2011)といったように,先延ばし行動を悪い傾向と捉えている研究が多い。一方で先延ばし傾向の全てが悪いものではないとする見方もあり,先延ばしには適応的な側面もあることが先行研究で明らかにされている(Chu&Choi,2005;小浜,2010)。例えば,課題に直面している状況で息抜きのためにあえて先延ばしを行うことで作業効率を上げたり,時間をより有効に使うために行う日程をスケジューリングし,あえて先延ばしをするといった例が挙げられる。
なお,本研究では「先延ばし」の定義を「何らかのやらなければならないことを行わない,あるいは遅らせる現象」(Lay,1986)として先延ばしを不適応的であるという前提のもと研究をすすめる。
先行研究では,適度な先延ばしには気分の切り替えになる(小浜,2010),課題遂行の効率が上がる(chu&Choi,2005)といったポジティブな影響があると明らかになっている一方で,不適応的な先延ばしにおいて学業遂行との間に負の関連が示されている(向後ら,2004)。また,先延ばし傾向が不安などの否定的感情や自尊感情の低さ,教科への自信のなさと関連する可能性についても示唆されている(Owens&Newbegin,1997)。このように先延ばしが学業遂行の低下や精神的不健康に影響を及ぼす傾向であることは先行研究から明らかになっている。
さらに,このようなネガティブな影響を及ぼす先延ばしの習慣がある人は自身の先延ばし傾向を改善したいと考えていることも明らかになっている(solomon&othblum,1984)
先延ばしの原因について,solomon&othblum(1984)は先延ばしと不安・うつとの間に相関があることを明らかにしており,先延ばしの原因のひとつが課題遂行の失敗に対する不安であることを指摘している。
また,大学生の先延ばし行動の原因を調査した藤田・岸田(2006)の先行研究では,先延ばし行動の原因として「興味の低さによる他事優先」と「課題困難性への認知」が挙げられた。
松尾・菅(2016)の研究でも,課題が易しいとき,および課題に興味がないときほど先延ばしする期間が長いことが明らかになっている。
さらに藤田(2005)は,「時間管理能力の低さ」「怠惰」「完全主義傾向」「課題遂行への不安や遂行失敗の恐れ」「自信の欠如」が先延ばしを引き起こす原因になっていると指摘している。
これらの先行研究から先延ばしの原因として挙げられる不安や課題に対する認知・課題に対する優先順位のつけ方や自分自身や課題遂行に対する自信は,個人特性との関連があるのではないかと考えられる。つまり,実際の課題が一般的に難しいかどうかというよりも,その課題を遂行することが今の自身にとって困難と感じるかどうかや,課題を遂行する自身への自信や能力認知といった個人特性が先延ばしに影響しているのではないかと考えられる。よって本研究では先延ばし傾向について,楽観性と自己効力感という2つの性格特性との関連について検討する。

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