【問題と目的】
3.楽観性
楽観性(dispositional optimism)は多くの先行研究で「ポジティブな結果を期待する傾向」と定義されている(Scheier&Carver,1985)。
つまり,将来の自分には良い出来事が多く起こる一方で,悪い出来事はあまり起こらないだろうという未来に期待する傾向である。
楽観性と精神的健康や適応との関連は先行研究から明らかになっている。例えば,楽観性はストレス場面に遭遇したり,自身にとって嫌な出来事が起こった後の抑うつを低減させる性格特性であること(Carver&Gaines,1987)や,楽観性の高い人が楽観性が低い人よりも健康であること(Scheier&Carver,1985)などが示されている。
楽観性がこれらの精神的健康や適応と関連がある理由の一つとして,従来の研究からは楽観性の高い人がストレス場面において選択するコーピング方略が挙げられる。楽観性が高い人は,ストレス場面において問題をポジティブに解釈しやすい傾向にあると示されている(Scheier,Weintraub&Carver,1986)。あるいは,「ポジティブな結果を期待する」という楽観性はその期待のためにポジティブな感情を生じやすい傾向にあり,このポジティブな感情やそれによるポジティブな考え方が精神的健康や適応と関連しているという見解も示されている。
このように,楽観性という性格特性は精神的健康によい特性である一方で,楽観性と不適応的な先延ばしに関連があることも明らかになっている。黄ら(2005)の先行研究では,楽観性を「将来,肯定的な結果を期待する傾向」である属性的楽観性と,ある出来事の原因についての解釈スタイルを表す楽観的帰属様式の2つの側面から先延ばし傾向について調査している。楽観的帰属様式は自身に起こった良い出来事の原因は,内的・永続的・全体的な原因と捉える一方で,悪い出来事の原因は外的・一時的・特異的なものとして捉える考え方である。つまり,自身にとって良い出来事は,自分自身によってもたらされたものであり,それは特定の出来事だけでなく,身の回りのあらゆる出来事に作用していると考える一方で,悪い出来事は自身以外の環境などの外的要因によってもたらされたものであり,たまたまその出来事だけが悪い結果になってしまったと解釈するということである。同じ先行研究において,この属性的楽観性と楽観的帰属様式には中程度の相関があり,属性的楽観性は先延ばし傾向を促進することを示している。
また,楽観主義の人は先延ばし傾向が高いこともこれまでの研究から明らかになっている(Jackson,Weiss&Lundquist,2000)。黄ら(2005)の研究では,楽観性と楽観的帰属様式では先延ばし傾向に与える影響に差があることが示された。つまり,同じ楽観的な考え方にもさまざまな楽観の側面があり,個々により先延ばし傾向に与える影響が異なるため,楽観性を多様な側面で捉えたうえで先延ばし傾向との関連を検討する必要があると考えられる。
楽観性研究において様々な定義があることから,楽観性を期待以外の側面から調査している研究も存在する。楽観的な原因帰属の傾向を持つ楽観的帰属様式や,将来への期待ではなく現在の自身やその環境に対して「今失敗しても何とかなるだろう」といったポジティブな捉え方もまた楽観性といえる。安藤ら(2000)はこれらの多様な楽観性の解釈を踏まえ,多面的楽観性測定尺度を作成している。この尺度の作成において,従来から楽観性研究において広く用いられてきたScheier et al.(1994)のLOT-Rを日本語訳したものに,抑うつの程度を測定するベック抑うつ性尺度や自尊心尺度などを加え,楽観性を多面的に測定する試みを行っている。この多面的楽観性尺度では,楽観性に6因子の側面を見出した。1つ目は,問題や課題に遭遇した際の対処能力について自身を過大評価する傾向である「楽観的能力認知」,2つ目は「何事もあれこれ悩まない」といった失敗しても気にしない・どうにかなるだろうという傾向や特定の物事にあまり執着しない「割り切りやすさ」,3つ目は困ったことが起きたとききっと誰かが助けてくれるだろうといった「外在要因への期待」,4つ目は自身の運の強さへの認知である「運の強さ」,5つ目は「交通事故には合わないだろう」「自分は犯罪に巻き込まれないだろう」という出来事の発生を不正確に肯定的に判断する「楽天的楽観」,そして6つ目に「将来幸せに暮らせると思う」「幸せな家庭を築けるだろう」という将来に肯定的な期待を持つ傾向である「楽観的展望」である。この研究により改めて楽観性が多面的な側面を持つこと,楽観性を多面的に捉えることで個人の行動や特性をより詳細に理解することができると考えられる。
本研究でも,楽観性のどのような側面が先延ばし傾向に影響しているのかを調べるために,安藤ら(2000)の作成した多面的楽観性尺度に追加・修正を加えた中西ら(2001)の4下位尺度からなる多面的楽観性尺度(MOAI-4)を採用し先延ばし傾向への影響を検討する。MOAI-4では,楽観性を否定的な出来事や失敗に過度にとらわれない「割り切りやすさ」,自身の将来に肯定的な結果を期待する「肯定的期待」,自分にとってネガティブな結果は生じないだろうという「困難の不生起」,そして運の強さへの認知である「運の強さ」の4側面で楽観性を検討している。
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