【問題と目的】

 
5.時間的展望
時間的展望(time perspective)とは,過去・現在・未来についての意識や態度に関する心理学的概念である。時間的展望の定義について,Frank(1939)やLewin(1951)が「ある一定の時点における個人の心理的過去・現在・未来についての見解」であると述べている。つまり,未来における自己への期待や将来の見通しといった未来への予想と,過去の体験や問題を自身がどのように捉えているかという過去への評価を,今の自身が置かれている状況(現在)から考えるというものである。時間的展望の概念は幅広く,過去から現在を通して未来への広がりや関連性・出来事の想起に関する認知的側面と,過去・現在・未来においてどのような態度や意識を持つかといった情緒的側面の2側面があるとされている(都筑,1982)。
時間的展望について,これまでの研究で私たちの過去と現在,現在と未来,過去・現在・未来への捉え方について議論されている。勝俣(1995)は,時間的展望の定義の検討において,時間的展望・過去展望・未来展望・現在展望をそれぞれ定義したうえで,現在展望が過去展望および未来展望に大きく関わっていることを明らかにした。つまり,人は現在自身が置かれている状況が過去・未来と密接に関わっていることを認知していることが分かる。
白井(1994)は過去・現在・未来が関連付けられた時間的展望について検討するために「時間的展望体験尺度」を作成している。この尺度は,過去について自身がどの程度過去を受け入れているかという「過去受容」,現在について「現在の充実感」,そして未来については将来の夢や目標をどの程度考えているかという「目標指向性」と自身の未来をどの程度明るくとらえているかという「希望」の4因子で構成されており,多くの研究で用いられている。
時間的展望についてのこれまでの研究から,過去・現在・未来の全てに肯定的な時間的展望を持つ人は精神的健康が高く,反対に全てに否定的な時間的展望を持つ人は精神的健康が低いということが明らかになっている(日潟・齋藤,2007)。また,大石・岡本(2009)は過去から未来においてポジティブな時間的展望を持つ青年のほうが安定しており,精神的健康が良いことを明らかにしている。このような研究から,肯定的な時間的展望を持つことは精神的健康に良いことが示されており,肯定的な時間的展望を持つことの背景には楽観性や自己効力感といった性格特性が影響しているのではないかと考えられる。
また,近年の研究において,未来に対するストレスが不正確な時間管理に影響している可能性が示唆されている(柏倉・開,2024)。
つまり,未来に対してマイナスな感情や不確実であるという認知によって,今自身が行うべきことの優先順位を間違えたり,投げやりになって時間管理を放棄してしまうことで,先延ばし傾向にも影響を与えているのではないかと考えられる。一方で未来に対してポジティブかつ明確な計画や目標がある人は時間管理が安定しており,効率的に作業を行えることも指摘されている。この結果は楽観性の「未来に対する肯定的な期待」が先延ばし傾向を促進するという黄ら(2005)の研究とは一部対照的である。そこで本研究では,時間的展望の過去・現在・未来のどの部分が先延ばし傾向に影響するのかについて検討する。

本研究では,楽観性と自己効力感が時間的展望を通して先延ばし傾向に与える影響について検討する。先延ばし傾向には個人特性が関連しているという従来の研究に従って,楽観性と自己効力感の2つの性格特性を設定した。
また,「深刻な先延ばし」の原因の一つとして,未来を軽視する傾向が挙げられている(Liu&Feng, 2019)ことを踏まえ,過去・現在・未来をどのように捉えているのかについても検討するため,時間的展望も加えて検討することとした。

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