問題と目的

子どもの成長にとって、両親がどのような関係を築いているのかは非常に重要であると考えられる。夫婦関係や家庭環境が落ち着いていることで、子どもは家庭での安心感を得て、心を休めることができるだろう。しかし、逆に夫婦関係や家庭環境がよくないものであれば、子どもは家庭で安心感を得ることが難しくなるだろう。ストレス社会である現在では、家庭の中でどのようにして心を休めていくのかは非常に重要になると思われる。なぜなら、子ども達は友人関係や学校での学習などの家庭以外の生活で大人同様にストレスを感じていることが少なくないからである。多くの子どもは家庭の外でのストレスを家庭の中で軽減させていくだろう。しかし、夫婦関係や家庭環境がよくないものである場合、子どもは家庭の中でもストレスを感じるようになる。家庭の外でストレスを感じるだけでなく、家庭の中でもストレスを感じることは、子どもにとって心を休める時間や場所が失われていくということになる。そのことは子どもの心の中の余裕や安定をなくしていくことにつながり、やがて日常生活にも支障をきたす可能性があると思われる。そのため子どもが心の安定を保って生活していくために家庭の役割は大きいだろう。
 では、両親の夫婦関係は子どもの成長にどのような影響を与えているのだろうか。両親の夫婦関係が子どもの発達に与える影響については欧米を中心に研究が進められている。その中で、夫婦関係が子どもに与える影響は大きく2つあると考えられている(Emery,Fincham&Cummings,1992)。1つは夫婦関係を見ていることが子どもの情緒的、生理的問題に直結する「直接的プロセス」である(例えば、Grych&Fincham,1993;Davis&Cummings,1998)。もう1つは夫婦関係が家族の様子や両親の子どもへの関わり方を変化させることによる「間接的プロセス」である(例えば、Fauber,Forehand,Thomas&Wierson,1990;Kering,1995)。本研究では、この間接的プロセスに注目したい。直接的プロセスは夫婦関係がどのようであるかを見ていることなどにより子どもへと直接影響を与える。それに対して、間接的プロセスは夫婦関係がどのようであるかということが子どもへの関わり方や親子の情緒的関係の質に影響を与え、家族機能や子どもの発達について考えるとき重要なものとなる。夫婦関係がどのような状態であるのかによって、子どもへの関わりや家庭の雰囲気が変化するのであれば、子どもは家庭にいる間はずっと夫婦関係の影響を受けていることとなる。つまり子どもは、家庭の中にいる際は、両親の夫婦関係の間接的な影響を受けることを避けることができないということになる。そのため、子どもの発達を考える際、両親の夫婦関係からの間接的な影響について考えることは重要である。
 夫婦関係についてBraikerとKelley(1979)は、結婚3年以上の夫婦関係の関係性変化に関して作成した夫婦関係質問紙(relationship questionnaire, Braiker&Kellry,1979)の因子分析を実施し、愛情関係と葛藤関係の2つの直行する独立な因子を見出している。このことから夫婦関係には葛藤関係と愛情関係の2つの側面があるといえる。その中で、子どもへの影響について先行研究では、夫婦の意見の不一致や葛藤関係との関連を中心に扱われている。このような夫婦間のネガティブな側面は、子どもの攻撃的・反社会的な問題行動や不安や引きこもりなどの抑うつ・神経症的問題行動などの出現に影響を与えることが報告されている(e.g.,Emery&O’Leary,1982;Grych&Fincham,1990)。しかし、菅原・八木・詫摩・小泉・瀬地山・菅原・北村(2002)は、意見の食い違いから揉めることは多くてもお互いに愛し合い、最終的に破綻することなく結婚生活を送っている夫婦も存在することを指摘している。また、このような夫婦関係の子どもに対する影響は、夫婦仲が良好でない点は同様でも、愛情も冷めぶつかりあうだけの夫婦や、表面上の争いはないが家庭内別居状態のような夫婦のものとは異なってくるのではないかとも指摘している。このことから、同じように夫婦間で葛藤が頻繁に起こっていても、夫婦関係の愛情の側面がどのような状態であるかによって、さまざまな夫婦関係のタイプに分類できることがわかる。そのため、夫婦関係について多くの研究のように葛藤関係だけを注目するのではなく、愛情関係も注目していくことが大切なこととなってくる。
 両親の夫婦関係と子どもとの関係の中で本研究では自尊感情に注目する。なぜなら、自尊感情は自分がどのような人間であるのかということを理解していくために必要だからである。それだけでなく、他者関係や学習の面における子どもの成長にとって自尊感情は重要となる。自尊感情は自分に対する評価感情であり、高い自尊感情をもっている人は、自分を好意的な見方で評価し、自分の良いところを好ましいと感じることができ、自分の短所に関しても改善しようと努力することが多い。一方、自尊感情が低い人は、自分に対して自信をもてるところがあまりなく、自分に対して否定的な見方で評価しようとする。遠藤(2006)によると自尊感情の発達には、幼少期の周囲の他者、特に親からの受容が大きな影響をもつとされている。人は、親から愛される過程で、自分は歓迎される存在であると感じ、それを一般化して、基本的に自分以外の他者から認めてもらえる存在であると考え、自己価値を確信できるようになっていく。このように、人は、両親からの影響を受けてきた自尊感情を土台として、他者との関わりの中で自尊感情を発達させていく。両親の夫婦関係が間接的に子どもへの関わり方や家庭の雰囲気を変化させ、子どもに影響を与えるのならば、子どもの自尊感情は両親の夫婦関係から間接的な影響を受けている可能性が考えられる。そのため、両親の夫婦関係と子どもの自尊感情の関係について考えていくことは重要である。
 ところで、Grych&Fincham(1993)は、実際の夫婦関係よりも子どもの目に映る夫婦関係のほうが、子どもの発達に重要な意味をもつと指摘している。また、両親の夫婦関係に関しての子どもの理解力は発達段階によって大きく異なる可能性がある。そして、低年齢であればあるほど、親子間の関わりなどを媒介として強く影響すると考えられる。そのため、これまで夫婦関係が子どもの発達に与える影響についての研究は、乳幼児期、あるいは児童期の子どもがいる家庭を対象に積極的に行われている。この際、乳児期や児童期の子どもに対して、直接両親の関係を尋ねるのは多くの困難がつきまとうため、両親に回答を求める場合が多かった。しかし、Grych&Fincham(1993)の指摘から、両親から見た夫婦関係よりも子どもから見た夫婦関係を元にして、子どもの発達を考えていかなくてはならないと思われる。
 また、Davis,Dumenci,&Windle(1999)は、青年期になると単に両親を父母として評価するだけでなく、両親の夫婦関係についてもより敏感に感じ取るようになると述べている。そのことから、青年後期や成人前期にいたっても、両親の夫婦関係がよくないために、2人のことで思い悩む子どもは少なくないと考えられる。実際に、成人前期において、両親の不和がストレッサーとなっているとの報告もある(Neighbors,Forehand,&Bau,1997)。そのため、青年期の大学生からみた両親の関係が青年である子どもにどのような影響を与えているのかを明らかにしていくことは重要である。
 以上のことから、両親の夫婦関係が子どもに与える影響について、本研究では対象を青年として夫婦関係が間接的プロセスを経て子どもの自尊感情に与える影響を取り上げる。これまで、両親の夫婦関係と青年の自尊感情の関係について取り上げた研究としてLong(1986)や伊藤(2001)、宇都宮(2004,2005)などがある。Long(1986)は、青年女子の家庭を、ひとり親家庭、両親がいて夫婦関係も良い夫婦、両親はいるが夫婦は不和である家庭の3群に分けている。そして両親はいるが不和である家庭の子どもの自尊心の高さが一番低かったことを報告している。伊藤(2001)は両親の関係が良好であれば女子青年の自尊感情が高くなることを明らかにしている。また、宇都宮(2004,2005)は夫婦関係が悪い場合母親の夫婦関係に対する考えの影響を受け、その子どもである女子青年の自尊感情は低くなるとしている。これらの研究では、両親の夫婦関係と子どもの自尊感情について考えている。しかし、夫婦関係と子どもの自尊感情の間に何が媒介とされているのか、については考えられていない。その問題点として、両親のやりとりをただ見ているだけで自尊感情が変化するとは考えにくい、ということが挙げられる。ではどのようなプロセスを経て変化していくのだろうか。
 このプロセスに関して、本研究では両親の養育態度を媒介していると考える。両親の養育態度についてBaumrind(1967)は、両親の子どもに対する考え方や直接的な接し方をまとめた養育態度を重視している。そして、その養育態度を構成する受容、統制の二次元を用いて養育態度について説明を行った。受容は両親と子のコミュニケーションから成立するものであり、「子どもの意図・欲求に気付き、愛情のある言語や身体的表現を用いて、子どもの意図をできる限り充足させようとする行動」とされている。また統制は養育上の統制と母親の成熟欲求から成り、「子どもの意志とは関係なく、親が子どもにとって良いと思う行動を決定し、それを強制する行動」とされている。 そして、Baumrind(1967)はこの受容と統制の高低から両親の養育態度を3つに分類している。1つが、受容低群・統制高群の権威主義的養育態度で、しつけが重要視され、愛情や受容はあまりみられない態度である。2つが、受容高群・統制低群の許容主義的養育態度で、温かく支援されるが、怒ったりすることがほとんどない態度である。3つが、受容・統制ともに高群の権威的養育態度で、しつけと受容の両方を高い状態で接する態度である。
 これらの養育態度と子どもの自尊感情について、Baumrind(1963)は、権威的養育態度を示された子どもの自尊感情は高くなり、許容的養育態度を示された子どもの自尊感情は非現実的なまでに高くなり、権威主義的養育態度を示された子どもの自尊感情は低くなると説明している。このことから両親の養育態度と子どもの自尊感情には関係があり、両親から厳しく育てられるだけでなく、自分のことを受け入れてられることが自尊感情には重要であるといえる。では、両親の夫婦関係は両親の養育態度とどのように関係しているのだろうか。
 夫婦関係の夫婦間葛藤の側面と両親の養育態度に関して、夫婦間葛藤が養育の仕方に影響し、両親の感情面での余裕のなさや調整の変化をもたらし、そのことで子どもの適応問題に影響がでるとされている(Jourilesら,1992; Mahonery,1996など)。また、戸田(1999)は、母親の養育態度と夫婦関係の関係について夫婦関係のストレスから親の態度・行動は変化するとしている。そして、夫婦関係が互いに援助的だと認識している母親は権威的養育態度を示し、夫婦喧嘩が多く子どもの前で言い争いをすることが多い母親は権威主義的養育態度を示すことが明らかになっている。このことから、両親の夫婦関係は、子どもに対する養育態度と関わりがあるといえる。
 以上のように、夫婦関係と子どもに対する養育態度が関連し、養育態度と子どもの自尊感情が関連することから、両親の夫婦間葛藤と子どもの自尊感情は両親の養育態度を媒介にして、変化していくと考えられる。しかし、日本ではこのプロセスについて注目された研究はない。そこで本研究では、両親の夫婦関係が子どもに対する養育態度に影響を与え、その養育態度の影響により子どもの自尊感情が変化していくのかどうか、を検証していく。
 その際、女子青年だけでなく、男子青年にも注目していく。これまで日本では、両親の結婚生活についての認知は、女子青年において重要であることが報告されてきた。例えば、父親の母親に対する愛情ある関わりは、青年期の女子が父親を好意的にとらえる上で重要な一因であること(小野寺,1984)や、平等主義的な価値観をもっている女子は、父母間の役割負担の差が大きいと判断するほど夫婦関係を低く評価すること(諸井,1997)などが示唆されている。しかし、これらの研究は男女の比較で行われてはいない。そのため、実際に両親の夫婦関係の認知が、男子青年より女子青年にとって重要であるのかについて検討していく。そこで本研究の第一の目的は、両親の夫婦関係が両親の子どもに対する養育態度を媒介として子どもである青年の自尊感情に影響を与えているのかどうか、また、男女で影響に違いはあるのかについて明らかにすることである。
 さて、子どもの自尊感情は、先に述べたように、両親がどのように養育しているのかによって大きく影響をうける。しかし、蘭(1992)はそれに加え学童期に達すると、教師や仲間との相互作用を通してどのように扱われているか、すなわち周りが自分をどう見ているのかということが重要になってくるとしている。つまり、学童期に達した子どもたちは、両親の養育態度がどのようなものかというだけでなく、主に学級社会における教師や仲間との相互作用により自尊感情を形成していく。このことから学童期より成長している青年期の自尊感情の形成にとって仲間である友人から受ける影響は強いといえる。家族と友人のどちらも自尊感情が形成されるためには重要であるが、青年にとっては友人からの影響の方が大きくなるだろう。では、両親の夫婦関係が青年である子どもの自尊感情に与える影響は友人関係からの影響に比べてどれくらいの強さなのだろうか。本研究では、両親の夫婦関係が子どもの自尊感情に与える影響の強さについて友人関係からの影響と比較することで検討していく。そこで本研究の第二の目的は、青年の自尊感情にとって両親の夫婦関係及びその養育態度と友人関係のどちらの方がより強い影響をもつのか、について明らかにすることである。
 以上の2つの目的について仮説として、まず1つ目の目的に関しては、両親の夫婦関係は子どもに対する養育態度を媒介として自尊感情に影響を与えるだろう。そのとき、男子青年と女子青年では女子青年の方がより強い影響を受けるだろう。また、夫婦関係が子どもに影響を与えるプロセスについて間接的プロセスだけでなく、直接的プロセスもあることから、子どもに対する養育態度を媒介とせず、夫婦関係から直接子どもの自尊感情に与える影響もみられるだろう。2つ目の目的に関しては両親の夫婦関係及び子どもに対する養育態度からの影響より友人からの影響の方が強くなると考えられる。





次へ

トップ    要旨    方法    結果

考察    まとめ    今後の課題    文献

卒論・修論のページ