【問題と目的】




T.赤ちゃんのおもちゃとは


 近年、子どもを暴力などの虐待で死亡させてしまうという事件が後をたたず、マスコミなどでも
幼児虐待に関することが多く取り上げられている。育児による苛立ちから、「育児が辛いと思うこ
とがある」「子どもが可愛く思えないことがある」「思わず手をあげてしまう」といった母親が急
増しており(大日向, 1997)、その原因の1つとして、「育児ストレス」が注目されている。そして
、育児中の母親達に何が起こっているのか、なぜ育児においてストレスを感じるのかということに
関する研究が多く行われている。育児ストレスに関する研究の例を挙げると、例えば、精神医学の
分野では産後うつ病やマタニティーブルーの研究、小児科医療の立場からは保健指導のために母親
の育児不安の研究、心理的立場からは育児ストレスと母親の精神的健康の関係についての研究が行
われてきた。しかし、それらの研究の関心事や焦点とする事柄はそれぞれ異なっているため、育児
ストレス研究としては統合に欠けるところがある(田中・難波, 1997)。                        

 育児ストレスは、「子どもや育児に関する出来事や状況などが母親によって脅威であると知覚さ
れることや、その結果、母親が経験する困難な状態」であると定義されている(佐藤ら, 1994)。ま
た、育児ストレスには、"子ども関連育児ストレス"と"母親関連育児ストレス"の2つがあり、その
2つを合わせて"育児関連ストレス"と呼ばれている(佐藤ら, 1994)。"子ども関連育児ストレス"
とは、子どもについての素朴な評価(脅威・危機の知覚)に基づくネガティヴな経験である。また、
"母親関連育児ストレス"とは、ストレスフルと評価された事態(子どもの発熱や人見知りなど)への
対処可能性やサポートへの期待等を反映した上での事態への否定的な評価,あるいはその評価に基
づくネガティヴな経験である(佐藤ら, 1994)。しかし、今日ストレスとは何かという定義において
、一致した見解はない(新名ら, 1990)。また、これまでの育児ストレス研究の中では、"ストレス"
と"ストレッサー"が明確に区別されていないことが多い。そこで、本研究では、新名らの定義を用
いて、以下の通りに定義する。                                                            

 ・ストレッサー:個人が経験している刺激で、その個人がネガティヴであると評価したもの    
 ・ストレス反応:ストレッサーによって個人に生じた心身のネガティヴな反応                
 ・ストレス:個人が経験している個々のストレス反応の総体としての状態                    
 
 次に、育児ストレスの要因について、大日向は以下のようなことを挙げている。               
  (1)	母親願望と現実とのギャップ                                                      
    母親になる前に抱いていた期待や夢と、実際に育児に携わってみた現実とが、あまりにか
        け離れているために戸惑いや幻滅感を感じる。                                      
  (2)	育児の厳しい現実                                                                
         @  自分の時間がない                                                           
      A  子どもが思い通りにならない                                                 
         B  マニュアルが欲しい                                                         
         C  夫の非協力、無理解                                                         
  (3)	育児が評価されないこと                                                          

  このように、育児ストレスの要因はいろいろ挙げられるが、本研究では母親へのサポート不足に
よる影響が大きいと考え、育児中の母親に対するソーシャル・サポートに注目することとした。  
  育児ストレスとソーシャル・サポートに関する研究も多くなされており、竹田・岩立(1999)や冬
木(2000)、芳賀(2001)によって、育児ストレスとソーシャル・サポートの緩衝効果はすでに明らか
にされている。また、加藤・津田(1998)は、祖父母による具体的な育児サポートがストレスを低下
させることも明らかにし、竹田・岩立(1999)は、ストレスレベルが高い場合は、サポートの程度が
高くなると健康度を高めるということを明らかにしている。                                  

 育児におけるソーシャル・サポートの分類については、次のように分けられている。           
 
  (1)	サポートの内容                                                                  
        @ 情緒的サポート:愛着、承認、コミュニケーション(福島・古田・畑山, 1991)、     
                           相談相手、励まし(佐藤ら, 1988;天冨ら, 1992)等                
        A 道具的サポート:入浴の世話などの実際的なサポート(福島・古田・畑山, 1991)、   
                           アドバイス、協力、援助(佐藤ら, 1988;天冨ら, 1992)等        

  (2)	サポート提供者                                                                  
        @  非専門家:夫、実母、義母、姉妹、友人等                                      
        A  援助専門家:保健所、病院、保育園等                                          

 このように、育児におけるソーシャル・サポートには様々なものがあるが、その中でもやはり、
夫は母親に一番近いパートナーであることや、母親の挙げる「子育てサポートの供給源」で夫が最
も多いこと(諏訪ら, 1998;竹田・岩立, 1999)、サポートの中でも特に重要なもの(竹之内, 1995)
と位置付けられているというとである。本研究では"父親のサポート"に焦点をあてることとする。
また、大日向(1997)は、母親達がマスメディアの情報の中に理想的な父親の姿を見て、自分の夫
に不満をつのらせるケースが増えていると指摘している。この理由として、近年男性の子育てを話
題とした本が多く出版され、育児雑誌にも父親を対象としたコーナーが特設され始めていることな
どから、父親の育児参加が急速に進んでいるような印象を受けた母親達が、自分の夫に対して育児
参加を期待するが、実際にはそれほど進んでいないという現実とのズレが影響していると考えられ
る。                                                                                    
 つまり、父親の育児サポートに対する期待感が高いが、実際にはあまりサポートを得られていな
い人は、理想と現実のギャップが大きく、不満を感じており、ストレスが高いだろうと考えられる
。また、父親の育児サポートに対する期待感が高く、実際にもサポートを得られている人は、理想
と現実のギャップが小さく、不満を感じることも少なく、ストレスが低いのではないだろうか。こ
のように、サポートに対する期待感とその期待感に対しての実際のサポートは、母親の育児ストレ
スに影響していると考えられる。しかし、これまでの育児ストレスとソーシャル・サポートに関す
る研究では、"ソーシャル・サポートの内容"や"父親の育児関与度"、"サポート源の存在の数"、"
サポート提供者"といったことに焦点をあてた研究はされているが、母親の父親育児サポートに対
する期待感に焦点をあてた研究はあまりされていない。"サポートの必要度"に注目した研究は、竹
田・岩立(1999)によって行われているが、これはサポートの入手可能性を測定するという方法であ
り、母親の父親への期待感を測定するということとは異なるものであると考えられる。          
 そこで、本研究の目的を、育児ストレスと父親育児サポートに対する期待感及び実際の父親育児
サポートの関係を明らかにすることで、育児中の母親の気持ちを理解し、より良い育児をするため
の資料とすることとする。                                                                

[仮説1]  父親育児サポートに対する期待感ほど実際の父親育児サポートが得られていない母親は、
           育児ストレッサーが高く、ストレス反応も高いだろう。                              
[仮説2]  父親育児サポートに対する期待感以上に実際の父親育児サポートが得られている母親は、
           育児ストレッサーが低く、ストレス反応も低いだろう。
[仮説3]  育児ストレッサーが高くなると心理的ストレス反応も高くなるだろう。                



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