【問題と目的】
1.はじめに
2.愛着の定義
3.これまでの愛着研究
4.愛着の発達的変容の可能性 〜 愛着対象の移行 〜
5.対象による愛着の違い
6.性別による愛着の違い
7.本研究の目的のまとめ
近年、人間はどの年齢層においても、何か困難が生じた際に援助してくれると信頼の置ける人が自らの背後に1人以上いるとの確信があるときに、最も幸福であり、かつ能力を最大限に発揮できるという証拠が蓄積されつつある(作田1981)。中でも大学生は発達段階において青年期にあたり、親からの精神的な自立がうながされるとともに、親友や恋人といった、親以外の親密な他者との関係が形成される機会に恵まれる時期である(酒井2001)。また、Berscheid(1999)によれば、親密な関係の確立は青年期における中心的課題である。
それゆえに、自分を取り巻く環境の変化や自己アイデンティティーの確立といった様々な問題を抱える青年期において、親密な関係というものは、それら困難な問題に対処していくためにも、また、心理的な安定を図る上においても、他の世代と比較して特に重要な意味を持ち得ると思われる。
2.愛着の定義
(1)愛着(attachment)
信頼される人間は、愛着対象(Bowlby1969)として知られているが、一緒にいることで相手に安心の基盤を与えると考えられている。Bowlby(1969)によると、愛着(attachment)とは、個人が特定の個人に対してもつ情緒的な絆であり、人生最初の愛着はほとんどの場合養育者(母親)との間に形成される。
Bowlby(1977)は、愛着は、早期の個人の適応性を向上させるために発達してきたと述べている。このことから金政(2003)は、愛着理論では、早期の子どもと養育者との「関係性」を重視し、愛着的結び付きを他の社会的関係から識別するためのある種の特徴や要素が愛着システムの機能には含まれると仮定している。それゆえ、愛着関係は、1.近接性の模索(近接性を探し、維持しようとする傾向)、2.安全な避難所(主観的または現実的な危険に直面した場合に安心を得ようとする傾向)、3.分離苦悩(分離に対して抵抗し、苦悩する傾向)、4.安全基地(secure base:安心感を提供する愛着対象の存在によって、非愛着的活動、例えば、探索行動などが活発になる傾向)というような4つの定義的特徴を有すると考えられている。さらに、逆説的に言うならば、これらの要素を含有する関係は、愛着的結び付き、つまり愛着関係として見なされることとなる。
(2)内的作業モデル(Internal Working Model)
また、Bowlby (1973,2000)は、このような生得的な愛着システムの機能的特徴を言及するだけに留まらず、その後の養育環境や関係によって形成される愛着の個人差についても重要な示唆を与えている。Bowlbyによると、個人の早期における愛着関係の特徴は、養育者の情緒的受容性や要求への反応によって概ね規定されており、それゆえ、個人は養育者(愛着対象)との継続的な相互作用を通して、その関係や愛着対象に対する主観的な信念や期待といった表象、内的な作業モデルを発達させていく。
このようにBowlbyは、その個人特有の対人関係を判断する枠組みであり、あらゆる対人関係での出来事を解釈し処理するのを手助けする(作業する)ものとして、内的作業モデル(Internal Working Model)というものを提唱している。この概念によれば、乳幼児は、「養育者が自分を受容してくれるのかどうか、自分の要求に応答してくれるのかどうか」といった愛着対象への期待と共に、「自分は保護や注意を払ってもらえるだけの価値があるのかどうか、自分は愛され、助けられるに値するのかどうか」といった自身についての主観的な信念、表象を形成させていくのである。
このようにして、乳幼児期の養育者との関係の質が、成年期における親密な他者である親や親友、恋人、さらには一般的な対人関係のあり方に影響を与える(Feeny et al,2000)ということである。
(3)ストレンジ・シチュエーション法(Strange Situation Procedure : SSP)
Ainsworth et al.(1978)は、このような観点から、幼児に母親および見知らぬ人との分離と再会を経験させるストレンジ・シチュエーション法(Strange Situation Procedure;SSP)という実験的な観察法を用いて、その間の幼児の反応に3つのプロトタイプ的な行動パターン、つまり愛着スタイルがあることを示した。
それら3つの愛着スタイルは、各々の反応パターンの特徴から、安定型(secure type)、回避型(avoidant type)、アンビバレント型(ambivalent type)と名付けられた。そして後に、Main & Solomon(1989)は、これらの3つのどの愛着スタイルにも当てはまらないものとして、無秩序型(disorganized type)を追加した。このような幼児期での養育者との関係においてみられる愛着スタイルの違いは、上述した個人内表象としての内的作業モデルを介在要因として、青年期や成人期の個人の様々な社会的側面にまで影響を与えると考えられている。
つまり、Main , Kaplan & Cassidy(1985)が言及するように、「安定型や不安定型といった愛着体型における違いは、愛着関係における自身の心理的表象の違いであり、思考や行動だけでなく、注意や記憶、認知を方向付けるような各愛着スタイル特有の対人関係への内的な作業モデルを持ち得る」と考えられるため、幼児期における愛着スタイルの個人差は、その後の対人関係様式や社会的な適応性の発達的違いに影響を及ぼすとされるのである。
3.これまでの愛着研究
Bowlby(1977)は、愛着が「揺り籠から墓場まで」という特徴を有し、人生を通して継続的に影響を与えるものだとする立場を取る。それゆえ、愛着は個人の早期経験を超えて、ライフ・スパンを通して重要な役割を果たすとされる。しかしながら、初期の愛着研究では主に幼児と養育者間の関係性に注目したものが主流であった。これは愛着理論が早期経験を重視していることにも由来するが、その大きな原因として金政(2003)は、成人での愛着スタイルの測定が非常に困難を伴うものであることを指摘している。
金政によると、元来、愛着とは、関係における行動様式、つまり愛着行動のパターンとして捉えられており、上述したAinsworth et al.(1978)の研究のように幼児では行動レベルにおいて観察されるものである。しかし、成人においては、幼児のように愛着対象の不在に対して泣き叫ぶといった顕在性の高い行動で抵抗を示すこともなければ、自身の欲求充足の遅延に対して激しい怒りや悲しみを表出することも極めて稀である。そのため、成人の愛着スタイルや様式を行動レベルで観察、測定することはほぼ不可能であると考えざるを得ない。それゆえに、成人の愛着研究は、自己報告型の尺度法もしくはインタビュー法を用いて、個人に内在化された心的表象をその測定対象とすることで発展してきたのである。
先に述べたように、Bowlbyによると、内的作業モデルとは早期の愛着関係での具体的な相互作用の経験を通して形成され、年齢と共にその変容可能性を減じながら、その後の個人の様々な特性や対人関係にまで影響を及ぼしていくとされる。つまり、このような発達的視点を踏襲する限りにおいて、成人の愛着研究は、乳幼児期に愛着対象との関係で形成された心的表象、内的作業モデルが、特定の関係性を超えて、その後の対人関係様式全般にまで幾分かの影響を及ぼすものであるとの仮定においてなされている。
このような愛着の継続可能性については近年数多くの報告がなされており、それらは主に縦断的研究を行うことで、SSPにおける幼児期の愛着と、成人の愛着測定の1つであるインタビュー法、アダルト・アタッチメント・インタビュー(Adult Attachment Interview;AAI)で測定された成人期の愛着表象との間にどの程度の対応がみられるのかに焦点が当てられている。それらの報告によると、重大でネガティブな出来事を経験していない、比較的安定した環境に育ったサンプルでは、幼児期と成人期の愛着スタイルとの間にかなり高い一致がみられることが示されており(Waters, Merrick, Trebloux, Crowell, & Albershein, 2000; Hamilton, 2000)、これらは愛着の継続性を示すものであると考えられる。
4.愛着の発達的変容の可能性 〜 愛着対象の移行 〜
しかし、我々は生涯にわたって、決まったパターンの対人関係を築いていくのだろうか。またそれによって、日々の生活における幸福や充実感といったものまでも、決まったパターンを経験していくことになるのであろうか。
乳幼児期における愛着対象としての養育者は、代替の利かない絶対的な存在であるのに対して、青年や成人の場合様々な対象と様々な関係を結んでいる。それゆえに、青年期以降には親以外にも重要な愛着対象をもつようになり、親との関係のもつ意味は乳幼児期に比べ相対的に小さくなる。従って、親への愛着と親以外の重要な他者への愛着は、互いに、より独立したものとなり得ると同時に、一般的な対人関係の持ち方や適応状態に対しても各々が独立した結びつきをもち得るようになると考えられる。これに関わって、戸田(1991)は、「青年期に入ると形式的操作の能力が高まり、新しいattachment対象の登場とも合い待って自己や関係性に関して客観視する機会が増え、IWM(Inter Working Model)は大きく変更される可能性を有している」と指摘している。また、金政(2003)は、愛着理論が、全般的なパーソナリティ発達の理解を促すために展開されてきたものであり(Bowlby 1980,1982)、また、愛着の体系的な違いが、対人関係への思考や行動、認知の違いを示すものである(Main et al., 1985)のだとすれば、愛着の対象とされるべきものは、両親への心理表象だけに限らず、現在の対人関係(特に親密な関係)への態度、もしくは一般的他者(主に愛着対象)への期待や信念といったものが扱われて然るべきであろうと指摘している。
そこで、Nada Raja,Mcgee & Stanton(1992)は、親への愛着と友人への愛着の良好さによって青年を4群に分け、精神的健康が4群でどのように異なるかを調べることで、親への愛着が良好でなくても、それを、親以外の対象に対して良好な愛着をもつことによって補うことができるのかという問題について直接検討している。しかしその結果は、青年の精神的健康に主に関連するのは親への愛着の良好さであり、友人への愛着の良好さによる影響は弱いことを示すものであった。
しかし、Bartholomew & Horowitz(1991)やFeeney et al.(2000)らは、人生や人間関係の転機、例えば個人の社会的役割の変化や、重要なパートナーとの出会いや別れといった対人関係の変化は、成人の愛着スタイルを変容させるのに十分な意味合いを持ち得ると指摘している。さらに、O’Donnel(1976)によると、より年長の青年を対象にすれば、親よりも友人への感情のほうが強い関連をもつようになることから、Nada Rajaらの研究では調査対象が15歳という比較的低年齢の青年であるという点に関して再検討を加える余地があると考えられる。
さらに、Nada Rajaら及び他の愛着研究では、親や親以外の対象への愛着と関連させる変数として、精神的健康などの適応状態に関する変数が取り上げられている。けれども佐藤(1993)は、愛着理論によれば、親への愛着から直接影響を受けるのは、一般的な対人関係の持ち方、それも主に親密性(intimacy)に関わる部分とされていると指摘している。従って、愛着の仕方と適応状態との関連を調べるだけでは不十分であり、一般的な対人関係の持ち方との関連について検討が必要である。
そこで佐藤(1993)は、中学生と高校生、大学生の男女を対象に、親への愛着と親以外の対象への愛着が一般的な対人関係の持ち方にどのように影響を与えているのかを検討している。その結果、中学生では対人的構えは主に親への愛着から影響を受けているが、加齢に伴って親以外の対象への愛着の比重が大きくなることが明らかにされた。これは、O’Donnel(1976)による親への愛着と他の変数との関連が加齢に伴って変容するという示唆を支持するものである。
5.対象による愛着の違い
これまで愛着の発達的変容の可能性および愛着対象の移行についてみてきたが、宗岡(2002)は青年の愛着研究の中で、乳幼児期の愛着である、父親と母親という愛着対象による愛着の質の違いについて検討している。その結果、青年は母親及び父親に対する愛着を同方向に持つ傾向があるが、母親に対する愛着がより高いことが明らかにされ、母親及び父親に対する愛着は異なる可能性が示唆された。
しかし、先に述べた佐藤(1993)の研究では、親への愛着の対象は特に指定しないながらも、母親か父親のどちらか一方を選んで答えた者が大多数であり、しかも母親を選んだ者が過半数を占めていた。よって、青年の親への愛着は、父親よりも母親に対する愛着がより高いということを仮説1とする。
また親以外の愛着の対象は友人や、恋人、祖父母など計11カテゴリーの中から1つを自由に選択するという方法がとられた。それゆえ、それぞれの対象による愛着の構造の違いにおける他の変数との関連については検討されていない。
よって、親への愛着および親以外の対象への愛着をそれぞれ対象ごとに分けて検討する必要があると考えられる。なお本研究では、佐藤(1993)の研究において親以外の対象への愛着として対象に選ばれた上位2カテゴリーである友人と恋人(恋愛対象)を用いることとする。そして、青年の親以外の対象への愛着の持ち方は、友人と恋人では異なるということを仮説2とする。
青年の愛着に関して、高木(1994)によって、親に対する愛着(心理的安定感)は、女性の方が高いことが示唆されている。さらに宗岡(2002)は、対象に関わらず、男性に比べて女性の方が高く、性差が存在するということを明らかにしている。また、佐藤(1993)によって、親への愛着については男性の方が「不信・拒否」が高く、女性の方が「安心・依存」と「分離不安」が高いこと、親以外の対象への愛着では男性の方が「拒否」が高く、女性の方が「安心・依存」が高いこと、さらに、一般の他者に対する「親和性」は女性の方が高いことを明らかにしている。
これらの結果は、女性の方が、父母からのサポートを多く認知するという結果(Ferman & Buhrmester, 1992)や、女性の方が友人関係において信頼感が高くコミュニケーションが多いという結果(Armsden et al., 1987; Nada Raja et al., 1992)と合致するものである。
よって、愛着は対象に関わらず、男性に比べて女性の方が高く、性差が存在するということを仮説3とする。
以上のことから、愛着の発達的変容の可能性という立場において、個人が過去に親との間に形成した愛着よりも、青年期における今現在の、親以外の愛着対象としての親密な他者への愛着の方が、一般的な他者への対人的な構えにより影響を与えているのではないだろうか。また、それに関わって、愛着や対人的構えは個人の認知的レベルにとどまるものであるため、それらの愛着や対人的な構えが、日々の生活における充実感や幸福感にどのように関わっているのかといった感情的レベルについても明らかにしたい。
よって本研究では、愛着理論における初期の対象すなわち親への愛着は、先に述べられるように青年の対人関係の持ち方に対して主だった影響力をもつのか、そしてそれに対して親以外の対象への愛着の影響力はどの程度なのか、また、親への愛着のうち対象が父親か母親か、親以外の対象への愛着のうち対象が同性の友人か恋人(または恋愛対象として好意を抱いている人)かについて、対象の違いによる差および性差について検討し、愛着の発達的変容の可能性を明らかにすることを第1の目的とする。
さらに、親への愛着・親以外の対象への愛着および一般的な他者への対人的構えは、青年の日々の充実感にどのような影響を与えているのかを検討することで、青年にとって親密な他者という存在の重要性を明らかにすることを第2の目的とする。
よって、過去の親への愛着よりも、現在の親以外の対象への愛着の方が、一般的な他者への対人的構えに対して、より影響を与えている(a)と同時に、充実感に対しても、より影響を与えている(b)ということを、仮説4−a,bとする。